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どうしたらよいのでしょうか。

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先日も質問したように病気で亡くなられた先輩に2.3年前病気の時に死ねやとか病気の人に言ってはならない不謹慎なことを言ったのではないかとか色々なことを考えてしまっています。そして、もし言っていたとしたらそのせいで亡くなられたのではないかとかすごく考え込んでいます。でも、もしいっていたとしたら、本当に謝りたい。そして、今の私はそんなことを絶対に言わないと。でも本当に言ったか言ってないかもわかりません。考えすぎて頭から離れません。そして、考えれば考えるほど、変な事が頭をよぎります。本当にどうしたらよいのでしようか。本当に言った記憶がないのも事実です。

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

先輩のために。。

おはようございます。

hasunohaへの質問ありがとうございます。

どうしたらよいのでしょうか。 とのご質問ですが、、

先輩の死に自分が関係しているかどうか気になってしまう癖をどのように扱うといいのでしょうか。
という相談に感じました。

身に覚えが本当になかったかどうかを水晶玉や霊の力を借りて判断してもらいなさい。
という回答をすればいいのかもしれませんが、残念ながらその分野は専門外です。

自分が関係していたかどうかにこだわりすぎると、相手のことがお留守になり、自己中心的な思考から抜け出せなくなります。
自分が関係しようがしまいが人が死ぬ確立は100%。
償いとか不安解消などの『自分』を主語にした祈りでなく、『先輩が安らかに眠ること』を願う祈りは現在のぴょんぴょん様にもできると思います。

自分のためではなく先輩のための祈り・念じる時間を少しでいいからもってください。
他者のための時間ですが、自分の不安を取り除くようなはたらきをすることもあります。

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有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

墓へ行くんだ!

「死ねや」はないでござる。
生きておられる方にも発言してはいけません。

あっ、そうか。
その時は先輩、生きていらっしゃったんですね・・・・・・・

ちょっと説教っぽくなりました。

あなたのせいで亡くなられたのではありません。
先輩を恨んでおられたのですか?
もしそうだとしても、あなたが死に至らしめたんじゃないと、私は声を大にして訴えたい。

キミは先輩の事を考えてる。
もう悪くはないんだ。

しかしどなたかには、あなたは「死ねや」って言ってるっぽいですね。

とにかく、先輩の墓の前で、土下座してでもいいから、ちかってほしい。
「もう汚い言葉は吐きません」と。

先輩はすでに仏です。
仏は怒りません。

もしあなたが汚い言葉を投げかけていたとしても、、
もう、しょーもない事としてとらえておられますよ。

まちがいなく。

ただ、気づかせてくれた先輩に、感謝して死ぬまで生きていきましょう。
あっ、死ぬまで生きるってあたりまえか・・

でも、そんな当たり前の事が大切でござりまする!

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おきもち

時宗の寺院で住職をしています。 今の時代、お寺の在り方とは、僧侶とはいったい何か?と、考えています。 僧侶としての根本は、朝のお勤めだと考えております。 週に2回、お寺で空手教室を開いております。 近隣の子供たちに、礼儀作法を伝える。 これも寺院の持つ役割である、地域貢献に繋がると、少なくとも私はそう思い、精進しております。

質問者からのお礼

お二方とも本当にありがとうございます。

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