結婚とは、宗派問わず考え方を教えてください。
私はバツイチです。子供はいません。
結婚が許される宗派、許されていない宗派、色々あるかと存じ上げます。それに個人的な解釈もあるかと思います。その上で多様な意見を頂きたいです。
相談です。
子供がいない事で、自分の両親に対する申し訳ないという罪悪感はあれど、結婚も子供も未だ望む気持ちがありません。
将来的には幸せな家庭への憧れはありますが、このままずるずると年齢を重ね、孤独に死んでいくのではないだろうかという予想もしています。その考えに悲観的でもありません。
結婚とは、社会的な信用や身内の喜びの他に意味はあるのでしょうか。もちろん、自身が満たされる事もあるでしょうが、上記の通り、私は一度失敗している身であり自分の性分が結婚に満たされる物だとは思っておりません。憧れは手元に無いが故の幻想だと割り切って考えるからこそ浮かぶ気持ちなのではと思案しています。
どうして、結婚という容があるのか、今の時代に則しているのか。拘る必要はないのか。
結婚観をご教授下さい。
自分に正直に生きられない
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
お互いの向上になるなら
浄土宗の宗祖法然上人はある信者から結婚について相談されました。
信者「実は結婚したい人がいるのですが…」
法然上人「二人一緒に暮らした方が念仏を唱え易いのなら一緒になりなさい。念仏を唱え難くなるのなら別れなさい。」
このように答えました。
この会話を少し広い意味で考えてみると、私達は悟りに至る為に仏道修行することが大事であり、その助けとなるなら一緒になりなさい、妨げとなるなら別れなさい、という意味にも解釈できると思います。
仏道修行とは煩悩を抑え心を整えること、慈悲の心を持つこと、つまり人として向上することです。
あなたが今後いい人と出会い、共に仏道修行により励むことができる、共に人としてより向上していける、ならば結婚することは良いことだと思います。
結婚生活が楽しいか苦しいかではなく、お互いに人としてより向上できるのかが大切です。
その結果、人として向上することが自然と喜びに繋がるのです。
決して社会の信用の為なんかではありません。