hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

夫が大切、でも不倫相手が忘れられない

回答数回答 3
有り難し有り難し 99

近所の整体院へ通ううち、そこの整体師から徐々にきわどいマッサージをされるようになり、戸惑っている内に肉体関係を持つようになりました。
始めは戸惑っていた私も、気づいたらその整体師を好きになってしまいました。
しかし先日、夫に私の日記を読まれてしまい、整体師との関係が夫にバレてしまいました。
整体師は独身で、初めから私を好きでこういう関係になった訳ではなく、「もし私が夫と離婚する様な事になったら責任取って結婚してくれる?」と聞いたところ、「責任は取らないし結婚もしない」とハッキリ言われました。その上で、私との関係を続けたいようです。

私は夫が好きですし、大切に思っていることに偽りはありません。もう傷つけたくありません。
ですが、遊ばれているのは頭では分かっているものの、その整体師のことが頭から離れません。整体師を好きという気持ちはほぼ無くなりましたが、彼とのセックスが忘れられません。体だけの関係なら、気持ちは夫に向いているのだから裏切りではないのではないか、とすら、都合良く思ってしまいます。

私自身、夫といた方が幸せだって分かっているのです。
ただ、その整体師と関係を持つようになって、ずっと忘れていたトキメキとか、ドキドキとかを思い出し、とても楽しくて生活にも張り合いが出て、刺激とかスリルとかもあり、また体の相性がとても良いということもあり、とにかく整体師のことばかり考えてしまいます。
夫にバレて以来、その整体師とは会っていません。でもこのままではいずれ会いに行ってしまいそうです。
どうすれば良いでしょうか?


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなた、実在しますか?

なんか嘘くさい文面ですね。
「釣り」ですか。
おふざけ質問かと思いました。
人の関心を買おうとしている心理ですね。
もしあなたが本当に実在して、本当にこの話が本当ならば、自分がここで言っていることを「本当」にしていくべきかと思います。
そもそも夫を愛しているとか言うなら、そんなことしませんしねぇ。
何を言っているのでしょうか。
何を妄想し何をしているのですか。
自分で自分のしていることを真に観た方がいいと思いました。
自分でそういう言動、文字を起こして「恥ずかしい」のはあなたでしょう。
答えも自分で分かってるでしょう。
坊さんをアンタの妄想に付き合わせないでください。

{{count}}
有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

ほんとうの幸福

ご質問読ませていただきました。

これはあるお寺様の受け売りですが、
「幸福」と「幸福感」の違いです。幸福感とは、思いや感情のままに快楽を求めた結果得られるもの。ですがこれは「満足」とはなりません。「もっともっと」が止まないからです。一時の満足感、幸福感は得られても人間には執着があるので「もっとあじわいたい、もっと強い刺激を~」と破滅の道へと導きます。

幸福とは、その仕組みをしっかりと理解し、破滅を好む「ニセモノの私」とはおさらばして、「ほんとうの私」に気づくことです。整体師さんのことばかり考えてしまうのは「思考」で、それは「ニセモノの私」です。

私の欲望を満たすための人生なんてつまらないとおもいます。そんな欲望からも自由になって、本当に大切なものを考えてみてはいかがでしょうか?

{{count}}
有り難し
おきもち

若輩者ですが、宜しくお願い致します。

一人になる準備を

ああ、そうですか。何から話しましょうか…。
①今回のことを仏教から見るとどうか
②感想
③これから何をすべきか

①今回のことを仏教の視点から見ると「幸せから遠のく定義」に、バッチリ当てはまります。「不邪淫戒」ね。もう原理原則、王道をいっています。「戒め」自らを律して離れなさい、という状況です。

②読んで、暗澹とした気持ちになりました。あーあ、感染はしないけど、持った毒をぶちまけたなぁ、と。ここはそういう場なので、迷惑ではありませんよ。微妙なところですが、「気持ちは暗澹とするけど迷惑ではない」です。

③要するに、「結婚はしてるけどせフレができた」、軽いものでしょう?ただ、今後を予想すると「一人になる準備をした方がいい」と思います。まずご主人から離縁を突きつけられても、何も言い返せません。事故ならまだしも、自分から行ったのですから。「ご主人が性風俗へ行った」ことを知った妻のショックとほぼ同じでしょう。そして、整体師から見れば貴女は「早く切りたい女」です。「責任取ってくれるの?」と聞いて来た瞬間から、「この女ウゼェ」と、金ヅル視している筈です。替わりはたくさんいるだろうし。

特に、今の経済状況について触れていませんが、「旦那の金を当てにせず生活できる」準備を始めたらいいと思います。実家にも呆れられそうだし。結婚の時に「一生、この男を夫とすることを誓いますか?」と問われ、「ハイ」と可愛らしく答えたかも知れませんが、それは過去の話。独立した一人の女として生きて行けるよう、ご自分に正直に生きる。
…というのも選択肢だと思います。私はそうまでしないけど、口先だけ言っておきます。

{{count}}
有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊さんに限らず、二足のわらじを履くことで、話に幅が出るはずだと考えて、はき続けています。子育てとか家族論とか考えつつ、でも仏教って個人のものだなぁと感じたりします。

質問者からのお礼

この度は私の質問にお答え下さり、ありがとうございました。
相円寺の宗像様、温かいご回答をありがとうございます。ハッとし、目が覚めると同時に温かいお気持ちに感謝でいっぱいになりました。本当にありがとうございました。
佐藤様と丹下様も、ありがとうございます。厳しいご意見ですが、それが普通の受取り方・反応であると気付かされました。ショックな部分もありますが、厳しいご意見も現実を直視するのに、今の自分には必要であったのだと思います。
皆さまお忙しい所本当にありがとうございました。

煩悩スッキリコラムまとめ