人と接するのが怖いです
人と話すのがとても怖いです。
友達はいないわけではないですが、心を開けないし、受験生なのに、人と接するのが怖くてストレスで塾もやめてしまいました。
自分の発した言葉や、人前でとった行動ひとつひとつを後悔してしまいます。
今は学校は自由登校なのですが、二月末の試験に向けての補習が明後日からあります。そのことを考えるだけで憂鬱で、ずっと心臓を握られているような感じがしていて苦しいです。
受験よりも、知っている人に会わなくてはいけない補習のほうが不安で憂鬱に感じます。
これではきっと大学でもうまくいかないし、人と話さずに生きていくことは無理なので、これからのことを考えるとため息ばかりでてしまいます。
なにかアドバイスをいただけないでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
与えられた個性を輝かせて
はなさん
ずっと心臓を握られている感じって、本当に苦しそうですね。きっとはなさんは人にとても気づかいができる人なのだと思います。だから自分の言葉や行動がこれで良かったのかどうかと考えすぎてしまうのでしょう。それと同時に人からどう思われるかもとても気になってしまうのですね。
でもそれは良識ある人間ならだれでもあることです。あなたの場合その度合いがちょっとだけ強いというだけです。
自分のダメなところに着目してそれを直そうとしても性格はそう簡単には変わらないものです。だからダメなところに着目するのではなくて良いところを伸ばしていきましょう。
でも自分に良いところなんてない・・・って思ってませんか?ありますよ。短所と長所は一つのことを裏から見るか表からみるかの違いだけなんです。
積極性も度を越せば出しゃばりになるし、だれとでも仲良くできるというのは八方美人になる可能性も。「後悔しやすい」のは自己反省できるということだし、「人が怖い」とういのも感受性の高さや繊細さがあるということです。「ひとりでいられる能力」もとても大切な資質です。こうして知らないところにメールで相談できる勇気もあるのです。
長年生きてきても、私もいまだに人と話すのは苦手だと感じますし、そう簡単に人に心を開けません。若いときに比べたら少しはよくなりましたが基本的にかわらないです。いまは「個性」だと思っています。開けっぴろげで明るく誰とでも仲良くできる人をうらやましいとは思いますけど、そうであったらまったく違った人生になっていたと思います。
性格や個性は与えられたものです。こういう性格や個性を使ってこの人生をどう生きていくという課題です。人が怖いと感じる性格を与えられた人は人を観察する力や人の気持ち察する能力を育んでいくことができるのです。だから与えらえた個性を否定しないで、それを生かし輝かせる方法を考えてください。
受験勉強がんばってくださいね。仙如
何が怖いのでしょうね。
何か悪口を言われるのかな?
笑われたりするのかな?
軽蔑されるのかな?
睨まれるのかな?
呆れられるのかな?
その根っこにあるのは、プライドではありませんか?
自分の悪い所や弱い所を知られたくない。
そのようなプライドではありませんか?
心を開いて人と接する為に必要なのは、そのプライドを捨てることです。
あなたの悪い所や弱い所を人に知ってもらうことです。
それができて初めて、あなたも人の悪い所や弱い所を認めてあげることができるのです。
そうなってから初めて、人はあなたに心を開いてくれるのです。
また、何か悪いことをしてしまったと思ったら、すぐに謝ることが大切ですよ。
受験頑張ってくださいね。
体調管理はしっかりとね。