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日本全国の4分の1のお寺は住職が住んでいない無住??

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http://toyokeizai.net/articles/-/79273

東洋経済で、お寺は全国に7万7千あって、そのうちの2万は住職がいないというビックリなことが書いてあったのですが、みなさんも兼業されているのですか?

お寺はこの先どうなっていくのでしょうか?


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

増やすべきは住職ではない 真の宗教者

個人的な回答です。
いわゆる世の中の「住職」さんには、
「宗教者」タイプ
「お寺さん」タイプ
「管理者」タイプ
「お葬式屋」タイプ
「副業としての兼務住職」タイプ
「金儲けのために宗教法人を買い取って宗教法人の名義を乗っ取った「ヤクザ」タイプ
「その他」タイプ、実に様々なタイプが存在しています。(個人的見解です)

「住職」になると、寺院の運営、維持などにどうしても時間がとられる。
家族も養っていかなければいけない。
お寺だけでは食べていけないという人は、兼務寺を手放さなくなる。
寺院後継者がまだ幼い、その結果、お寺に定住の住職がいなくなる、ということが起こります。実際、入りたくても兼務寺院住職が握ってしまっているために、あぶれている僧侶も多いのです。

原点にかえって考えてみましょう。
「お釈迦さまが、何をした人」か?
仏教ってもともとお釈迦さまでしょう。
仏教を医療業界として見た時、必要なのは、建物の管理人ではありません。
苦しみを持つ人たちに救いをもたらすことのできる人、治療のできる人、執刀医、救いをもたらせる人を救える人間です。
これからの仏教界に必要なのは仏教者、布教者、新しいブッダであって、寺院の管理者では無いと思っています。
また、そういう人たちをこそ、お寺の管理者である住職に為させないと、医療活動の無い病院になってしまいます。
私は、日本の仏教は、まだまだ「仏教文化の仏教」にとどまっていると考えています。
これからの仏教は「教えの仏教」の時代であると考えています。
その為には日本に「悟り」を復興させなければいくべきであると考えています。
日本の仏教には悟りの果汁が少ないです。
その為にも、本当にみな様方が仏教をもっと求めて頂きたいのです。
現実の世の中で求められている仏教は仏教文化、仏教思想のレベルです。
世間が、本当に生老病死から救われる仏教を求める時代が来ワッと押し寄せることで「寺院の仏教」から、仏の「教えの仏教」に変化していくと思います。
その結果、お寺もお坊さんも選ばれる時代が来ると思います。
そこへ行けばちゃんとした医療(布教・救い・学び)が受けられるからです。

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丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...

お寺はカタチではなく、仏法を扱う僧侶のココロに建立されるもの

お寺のみらい様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

確かに、不安に思われていますように、これから先、お寺の未来には暗澹たるものがございます・・

しかし、本来、衆生済度の聖業を旨とすべき僧侶としては、何事にもとらわれないあり方としての行雲流水を意味する「雲水」という修行僧を示す言葉もございますように、全国を遊行して、師を求めて遍歴し、あるいは修行・瞑想の場を変えながら仏道修習・修養を深めたり、更には、説法・布教・教化もしつつ、また、苦しでいる者、困っている者がいれば、社会奉仕・福祉事業をしたりと、一カ所に留まらず自由闊達に仏法を修め、そして、広め、使い、衆生済度していくあり方が正しいものになるのではないだろうかと存じます。

どうしても一カ所に留まると、そこだけの小さな世界にとらわれて、視野狭窄に陥ってしまったり、身内や特定の檀家や総代、信者等に縛られて、身動きがとれず自由がなくなり、また、寺院の伽藍、墓等の維持管理や日々の法務、諸々の雑事で追われたりと、色々なこだわり、かたより、とらわれによる弊害があるように存じます。

流れる水は腐らないが、淀んだままでは腐ってしまうとも言いますように、停滞・閉息に陥らないように気をつけて参りたいものでございます。

とにかく、大切になるのは何よりも「志」です。いくら立派な伽藍や本堂、仏像があったとしても、真に問われてくるものは、仏法の中身とその実践となります。その中身があれば、カタチというものも自ずと調うことになって参ります。

もちろん、過疎化や人口減少、仏教離れなど、色々な複合的な要因もございますが、必要とされるものであれば、必ずや生き残っていくはずです。

まだまだ迷い苦しみに喘ぐ衆生がいる限り、私たちの役割は終えることはありませんし、なくなることもありません。

このhasunohaだってそうです。別にお寺としての体は成していませんが、仏法を扱わせて頂きまして、皆さんの迷い苦しみに応じることで、少しなりともお役に立つことができております。

要は、お寺はカタチではなく、仏法を扱う僧侶のココロに建立されるべきものであって、僧侶一人一人がお寺として、その本来の役割を果たしていくべきであるのではないかと、浅学非才のこの未熟者ではございますが、僭越ながらにも存じております。

川口英俊合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究 この度、仏...

境内にお墓があると寺は潰しにくい

境内にお墓があるとお寺の施設をなくすのは難しいし、地元の人は近所にお寺・お墓があるほうが便利なので、お寺の数はなかなか減らないでしょう。
しかし、小さなお寺では住職が生活できる収入はないので、住職のなり手がない。
そこで、近所のお寺の住職が空き寺の住職を兼務することになります。
江戸時代はお寺が住民の戸籍を管理する役所の機能もあったし、お寺が農地を所有して年貢収入もあったので、たくさんのお寺を維持できたのでしょう。
現在ではお寺からの収入ではお寺の数に見合う人数の僧侶を養えません。年金や保険を納める義務があるなど、坊さんでも現金収入がないと暮らせないし。
人口現象社会で土地は余ってきますから、大都市を除くと、今ある寺をわざわざ壊してまで宅地を確保する必要はないので、お寺は減らないと思います。

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がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...

「お寺全般」問答一覧

寺の跡継ぎ

私はお寺の長男です。 昔から寺の跡継ぎになって欲しいと言われて生きてきました。 しかし跡を継ぎたくなく、そのことに悩み高校に不登校になったりしました。 大学も、親からの頼みで仏教に関係のある場所に入りましたが、気が進まず一度も行っていません。 . 田舎の小さなお寺で檀家も少なく家も老朽化が進みボロボロです。 お寺としての収入は少なく、金銭面で困ることや、それについての悩みが後を絶えません。 . 昔は良いお寺だったのかもしれませんが、正直に言って父も尊敬出来るような人間ではなく、逆に嫌悪感さえ感じています。 ですが、育ててくれたことへの感謝はあり、無下にも出来ず、跡を継ぐのが嫌だと伝えたりもしましたが、納得してもらえず、はぐらかされたり適当なことを言われたりもしました。 . 言うなれば私は神を信じていません。 自殺を考えたこともありましたが勇気もなく母を悲しませたくなくて行動には移せませんでした。 . 住職を辞めることも考えましたが、ボロい寺の住職になりたいと思う人はいないでしょうし、金銭的にも新しい住居を探すことは難しいでしょうし、考えれば考えるほど問題が浮き彫りになっていきます。 . 出来るかはわかりませんが 私はお寺を取り潰したいと思ってます。 もし自分に子供が出来た時、その子にこの重荷を背負って欲しくないのです。 そして、私もこの責任から逃げだしたいと考えています。 . 長くなりましたが、お寺を取り潰す方法や、それに関する知恵を授けて頂きたいと考えております。 正直、檀家やお墓のことなどは全然わかりません。 どうかよろしくお願い致します。

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寺を継いだがこれ以上やりたくない

30代後半独身で地方田舎寺の住職をしております。 元々バイトや契約といった使い捨てのような仕事をしていたのですが、いろいろあって人付き合いなども苦手で何一つ身になりませんでした。 そんな時住職である親からそろそろ寺をやってみないかと言われ、最初はあまり乗る気ではなかったのですが、食べてはいけるということで決心、得度し行を終え、副住職となりました。 行を終えてから数年立ちます。最近親の体調があまりよくないので私が住職となり葬儀や法事などを行っています。 なんというか親の住職に無理やりはめられたといった思いが強く辞めたいと思ってます。 というのも田舎なので四六時中、朝早くや夜でも平気でいきなり他人が急に来たり、電話が鳴ったりといったことがまず多いです。 なる前はそんな話は一切聞いてなかった(私が無知で頭が悪いのも原因です)点とお布施をこちらから供用する点です。 特にお布施は住職側からこの戒名だとこれだけ寺に収めてほしいと亡くなった方に対して毎回いうのが嫌になります。 なにしろ金額が高額で相手の立場に考えたら絶対に払いたくないと住職の私でさえそう思うからです。 親の住職に言っても昔からこれでやってきた、下手に下げると今まで高額なお布施を払ってきた先代の檀家の立場もあるし、ないならないで払えるだけでいいから一応そんな感じで葬儀では伝えるべきだというのです。 まるでヤクザまがいの事を私はしているのだろうか、いや現にもう毎回してきたので今更引き返せないところまで来てしまっている思いが強いです。 いくら寺を守る為だとは言え、檀家にも生活があるのは重々承知です。最近檀家離れや葬儀に金をかけたくない檀家が多いです。 そのたびに思うのです。私はいったい何のために寺をやっているのか・・・、こんな思いを毎回するならまだバイトや契約できついながらもまじめにコツコツと働いていた方が人生よかったのではないだろうかと・・・。 現在檀家数は兼務寺も全て合わせると400件前後となります。現状専業で充分やっていけるレベルです、今後はどうなるかわかりません。兼務寺が多いのでその分もめごとも多いです。 庫裏、本堂、境内内整地などはほぼ終えてます。 できれば親を看取った後60ぐらいまでは私一人でがんばってやる気のある方(他人)に譲りたいのですが、後継者はきそうでしょうか?

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菩提寺って変えれますか?

我が家は浄土真宗本願寺派です。 菩提寺の御住職様は御高齢の為、お勤めをしておらず、県外にいる息子様が行事等がある際に戻ってきていらっしゃるとの事です。 先日親族が亡くなり、すぐ菩提寺へ連絡した際に「すぐには対応出来ないので、そちらで別のお寺を探してもらえませんか」と言われました。 葬儀社を手配し、その葬儀社へ菩提寺から言われた事を相談し、お寺様を紹介して頂きました。 葬儀も滞りなく、無事に終了した為、菩提寺へ連絡し、「七日毎のお勤めをお願いしたい。家へ来れないのであれば、お寺でお経をあげて欲しい」と伝えたところ、お断りされました。 その後四十九日の法要にあたっては、事前に連絡をして日程を決めてお願いし、了承を頂けたのですが、後日連絡があり、「葬儀でお世話になったお寺様へお勤めしてもらわないでいいのですか?」と言われました。 こちらから「本来菩提寺であるそちらへ葬儀の時もお願いしたかったのに、お断りされたのはそちらで、代理で立てて頂いた方です。」とお伝えしました。なんとか四十九日の法要はお勤めして頂けるとのことです。 このような事があり、家族や親族より、菩提寺を変更した方がいいのではないかと話が出ております。 ずっとお世話になっている菩提寺様なので、今回の事は少しショックでした。 今回お勤めをして頂けるお寺で依頼していたのは、「浄土真宗本願寺派のお寺様」でした。 私は仏教に興味があり、お寺を調べたところ、「天台宗のお寺様」でした。 お経は、仏説阿弥陀経や正信偈だったので、通夜・葬儀の際は「なんかお経の読み方が新鮮だなあ〜」と感じていただけでした。しかしとても親切で、四十九日までの間、毎週お勤めに来てくださいます。 普段から仏壇へ向かい、お経を読む事もあり、こんな事があるのなら、私が学校に行き、僧侶の資格を取ってお勤めしたいとも頭をよぎりました。 菩提寺を変更するというのは、やはり避けた方が良いのでしょうか。それとも変更しても良いものなのでしょうか。 どこに相談していいものか分からず、投稿させて頂きました。 宜しくお願い致します。

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