努力している人に嫉妬してしまう
こんばんは。
人生と自分の卑しさに悩んでいます。高校受験の失敗を皮切りに、うまくいっている人へ妬む気持ちをずっと持っています。今となれば自分の努力が足りないのもわかるのですが、自尊心が高いこともありなかなか受け入れることができません。
いま、こんな気持ちを顕著に向けているのは夢を追いかけている友人たちや知り合いです。
わたしは役者になるのが夢だったのですが、いろいろ悩み今は会社に勤めています。そんな中、サークルの友人や後輩が芝居を今も続けて役者の夢を追いかけているのを見ると、妬ましい気持ちでいっぱいになります。また、その夢を諦めた友人をみると、安心したりしてしまいます。
わたしは、普通に働いていて好きなことで稼ぐことができない。でも周りの目や自分の実力や現実をかんがえたりして、夢を追いかける勇気もない。努力することも怠っている。わかっているなら、なぜやらないのか。
そんなことを悩み続けて自己嫌悪と妬ましさの入り混じった気持ちを持ちながら日々生きています。よりよい人間になるにはどうしたらよいでしょうか。
本当にどうしようもない人間ですが、お言葉をいただけるとありがたいです。よろしくお願いします。
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どうしようもないことに気づく
どうしようもない人間ですか
しかし人間どうしようもないことに気づくのが大事です
どうしようもないことに気づいてそうするのか、気づかないでそうするのか
あなたは嫉妬してもどうしようもないことに気づいたのでしょう。
それでもやりきれない気持ちを愚痴として出さずにおれないのでしょう。
たまに出す愚痴でどうしようもなさを受け入れられるならそれもよいでしょう。受け入れられずどうしようもない愚痴を言い続けているならどこかで断ち切らねばなりません。それは自分が苦しいですから。
演じることが本当に好きならば同好会やサークル活動など趣味の領域で続けることもできるでしょう。
生活は大事です。何で飯を食わせていただくのか。人間それぞれの縁で事情が異なります。夢を諦める人も多いでしょう。
あとはあきらめた夢をいつまでも愚痴として貪り続けて生きていくのか、昇華して良き思い出とし、次へのステップにつなげていくのかです。
あなた自身がそのどうしようもなさをどうするのか問われているのです。誰も代わってはくれません。人生という舞台では代役がききません。
思い通りにはどうしようもできないことを、思い通りにはできずともどうしていくかが問われているのです。
やらずに言う愚痴より、やって言う愚痴が気持ちいいと思いますよ。様々な制約があるでしょうがやりたいようにやってみてください。誰も止めはしません。
「夢は逃げない、逃げるのはいつも自分だ」
とは高橋歩さんの言葉だったと思います。
けれど私は人生においては逃げざるを得ない場合もあると思います。その逃げを周りや環境のせいだけにして愚痴を言うのか、自分の責任で逃げるのか。
自分で決めてしっかり逃げる人は強いと思いますよ。なぜなら逃げてきた後ろばかり振り返るではなく、今と先を見据えているからです。
さあ、あとは言うだけかやってみるかの実践の問題です。応援しております。
質問者からのお礼
吉武さま
ありがとうございます。お返事が遅くなりすみません。いま、少しずつですが、自分を見直しています。自分で決めていける、強い人になろうと思います。