皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

報われねぇ~

自分の仕事や行動が他人に軽視されていると思うときないですか?

他人に認められたくて仕事してるわけではないけど、やっぱりどこかで大変さを理解してほしいと気持ちもあります。
『私だって忙しいんだけど!』そんな気持ちがモリモリとふくらんでしまいます。

お坊さんの皆さんはそんな気持ちになることはないですか?
そんな気持ちを受け流すにはどうしたらよいよでしょう。

嫉妬・蔑み
有り難し 30
回答 1
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

大慈

報われね〜って思うことはしょっちゅうありますよ

犬に吠えられたってだけで悪い人だと噂流されたこともあるし、スーパーのお酒コーナーを通過しただけで生臭坊主って噂流されたこともあるし、そもそもお坊さんってだけで何とかして悪者にしてやろうという人はゴマンといます。
同じお坊さんは分かってくれるかなと思ったら大間違い。お坊さんの中には良く言えば人一倍純粋な人がいるもので、私が回答の1つのテクニックとして自分を下げたらす〜ぐ、「そうか!大慈って奴はクソ坊主なのか!!!」と思い込む。アホか。

hasunohaだってさ、忙しい中、時間をやりくりして車の助手席で酔いながらタブレットポチポチしたり、夜の2時過ぎまでポチポチしたりしてんすよ。何回も最初から書き直すこともザラです。何気なく引用してる仏典の言葉も、どれが良いかな〜って一冊を二回三回と読み直すこともあります。それだけやっても、「自分を甘やかしてくれる言葉以外はシャットアウトなんだな…」ということがしょっちゅうです。お坊さん仲間にゃhasunohaできるだけの暇がある奴と見なされますし。

まったく、報われね〜

でもですね、「治生産業もとより布施にあらざることなし」といって、お仕事も布施です。そうした時に、お釈迦さまはこうおっしゃった。
「布施は自分の執着心を捨て、支え合いの繋がりを作ることのできる善行です。でも布施を行った後に、布施した物が無駄にされてないかな〜と目を付ければ、そこに執着心がシミのように湧いてしまい、苦の原因になります。布施したらすぐ忘れて、目を付けないようにしましょう。善を善のまま完結させるのです。そうした方が、楽に生きられるのですよ。」と。
こりゃあ賢いね。これだからお釈迦さまって人は凄い。ワタシャそう信じてます。

だから私は私で出来ることをする。それだけ。相手や第三者がどう受け取るかはその人自身の心の問題。他のお坊さんが私の意図を見抜けなくても、その人の力量の問題。理解してもらわんでも私にゃ関係ない。理解してもらおうと、もらうまいと、ただ出来ることをやるだけです。
ただ、まったく結果を残せないようでは情けない。だからより良い回答が出来るようになるため、お礼の内容に目を付けたり、有り難しの傾向を考えることはありますけどね。

気高く生きましょう。
気高く生きるということは、本来それ自体が心地良いのです。


質問者からの有り難し - お礼

おはようございます。

本当にその通りですね。
仕事をはじめた当初は『とにかく自分にできることを』とそれだけでした。

初心って忘れちゃダメですね。

周りに惑わされず自分が自分のできることをしっかりやってればいいんですよね。

本当にありがとうございました。

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