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死ぬのが怖くて仕方がない

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有り難し有り難し 126

怖いこと

自分の命が有限なんだと
毎日ふとした時に感じられて
今在る私がいつかバラバラになるのだと思ったら
怖くて怖くて仕方がない。

目の前の現実世界が
崩壊していく様な気がして
そうなるとそれ以上耐えられなくて
思考も動作も停止して、
背中が冷たくなるようです。

動物のひた向きに生きる姿は、
尊敬に値するものだと思ってます。
一生懸命生きている、
素晴らしい存在です。

しかし最近、
某福祉施設内で個人的に可愛がっていた老犬が
恐らく病気で死んだことや、
道の途中で事故にあったらしい猫の死体を見たことで、
死というものは誰にも容赦なく
愛しい存在でさえ突然命を奪っていくのだ、という
現実に向き合わされました。
それが翻って、
私にもいつかその番が、と思ったら
怖くなりました。

この世界から、
ある日消えて無くなるという現実が
急に見えたのです。

私は既にいい大人ですが、
昔から体が弱く気も小さく
器量が悪くて会話も下手で、
他人から嫌われて暴言暴力に遭うことも多いので、
明日がくることは恐怖でしかなく、
自殺を考えることも多いのですが。

現実の「死」はあまりに残酷で心で
受け止めることができない。
犬は病気で苦しかったのでは?
猫の遺体は酷い怪我をしていたので、
想像つかないほどの痛みの中で、
亡くなったのかと思うと、
本当に本当にかわいそうで、
そのような「死」が重過ぎるのに、
死の世界は実は日常と隣り合わせであり、
怖いという感情に襲われます。

仏教ではこういう問題には
どのように考えますか?
いつか必ず死ぬ運命を
どのように受け止めたらよいですか?

動物に執着し過ぎるのは
良くないという意見は
人間の都合しか考えてないと思いますので、
ご遠慮頂けますか?
地球上で今もたくさんの家畜が
人間の為に犠牲になっていると思うと
暗澹たる気持ちになります。

2017年5月16日 0:39

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お釈迦様も死ぬのがこわくて仕方がないと悩まれました。

拝読させていただきました。

2500年前、お釈迦様も出家される動機は「死ぬのがこわくて仕方がない」ことでした。

お城の門から出られたとき死者をみて、

「いつか私もあのように死んでいくのだろうか?」

と、悩まれました。

死ぬのが怖くて仕方がないことが動機となり出家され、悟りをひらかれました。

そして、弟子たちから

「死後の世界はどうですか?」

と、聞かれ

何も答えられなかったそうです。

何よりも大切なことは

「よく生きること」ということです。

あなたは、とても繊細でお優しい姿がみられます。

これをご縁に

「いつか私は死んでいく?なら私が何ができるだろうか?何を大切に生きていけばよいのだろうか?」

考えられてください。

よく生きていく道を求めてください。

南無阿弥陀仏

2017年5月16日 1:04
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有り難し
おきもち

質問者からのお礼

お釈迦様の話には読んで涙が出ました。
ありがとうございます。
いただいた回答をヒントに考えてみます。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 38
回答数回答 3

死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
回答数回答 2

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