hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

亡くなった母に対する思い

回答数回答 3
有り難し有り難し 35

私の母は、3年前に癌で他界しました。

話せばとても長くなるので、ここでは書けませんが母は父に捨てられたりとても辛い人生だったと思います。

なくなる2年前に母は56才で若年性アルツハイマーになりました。
父とは離婚していましたし、私には姉もいるのですがアルツハイマーで話がめちゃくちゃな母と話をするのも嫌だと近寄りませんでしたので、母子家庭だった私が母のすべてを受け入れ一緒に暮らし介護してきました。

母子家庭という責任もあるなかの介護だったので、私もかなりのストレスでした。
徘徊する母を何度迎えに行ったかわかりません…

元気な頃は母子家庭だった私を助けてくれた大切な母だったので日頃はストレスを感じながらも笑顔で接していましたが、2年たつころからイライラが酷くなり私も鬱になっていまい、母に怒り散らすようになってしまいました。
いろんなものを勝手に持ち出したり隠したりされる度、言ってもなにもわからないことはわかってはいながらも、怒りを抑えきれず怒鳴り恥ずかしながら最後は手まで出してしまいました。
これではいけないと、行政に相談し施設で生活するようにさせてもらいました。
母はその後約一年で癌になりすぐに亡くなりました。
亡くなる前のまだ話せるころは、母は姉や父が顔を見せても知らない人だと言いましたが、最後の最後まで私と私の娘の名前は覚えていて、顔をみると名前を呼び、一緒に帰りたいから連れていってと言いました。

どんな事情があったにしろ、今でも母に手を出してしまったことを深く後悔し反省して胸が苦しくなります。アザのある母がそれでも私の名前を呼びニコニコしていた姿が今でもハッキリ頭に残っていて忘れることができません。
思い出すたびに涙がとまりません。
いくらお墓参りに行っても心が晴れません。
この気持ちは母には届いているでしょうか…母に許してもらうことはできるでしょうか…
とても苦しいです
反省し、母に気持ちを伝えたい反面心の奥で『私も大変だったから』という気持ちがどこかにあるせいでこのような自分を守るような書き方になってしまっている…ということもわかってはいます。
そんな気持ちになってしまう自分も許せません…

混乱して長文になり申し訳ありません


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お母さんの名前を呼んでみましょう

はじめまして、たかえさん。亀山純史と申します。

たかえさんのお母さんは、介護される身となって、あなたをお育てになったのではないでしょうか。たかえさんは、お母さんを介護することで、人は如何に未熟な存在であるのかを知り、今、こうして深い悲しみの中におられます。しかし、この悲しみの中から人としての成長が生まれるのだと思います。無理をして心を晴らす必要などないと思います。

さて、最後の最後まであなたの名前を呼び、ニコニコ笑っていたお母さん。お母さんにとってあなたの名前は、単に一人の人間を指し示す言葉ではなかったはずです。あなたの名前を呼ぶことでお母さんは安心なさっていたことだと思います。それは、あなたを最後まで頼りにしていた表れです。それならば、今度は、たかえさんの方から、お母さんの名前を何度も何度も呼んでみてはどうでしょうか。きっと、たかえさんの心の中に生き続けるお母さんは、生前のようにニコニコ笑ってあなたの呼びかけに応えてくれることでしょう。それがまた、あなたを人として大きく成長させてくれることだと思います。お母さんは死んでもなお、あなたをお育てになってくださいます。

最後に、私の回答が少しでもお役に立てれば幸いです。
※漢字の間違いがありましたので、訂正いたしました。(9/26 19:37)

{{count}}
有り難し
おきもち

hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧...
このお坊さんを応援する

後悔なんて要りません。お母様はあなたの中で生きていきます。

あなたは、そのときそのときの最善をつくして生きてこられたのではないですか。
今思うと、そうなだけであって、その時はいっしょうけんめいにお母様のために、と思って決断し、行動してきた結果だったわけですから。

お母様はあなたを恨んでなんかなかったはず。大丈夫です。
これからできることは、先祖の供養とともに、あなたがお母様から学んだことを生かし、生きていくことでお母様の命があなたの中で生きてくるのです。

あなたの中にお母様の命は継承されています。後悔していのちを殺してしまうのではなく。生かすことが大切です。

{{count}}
有り難し
おきもち

禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺住職。小学校教師。 悩みを吐き出す...
このお坊さんを応援する

インナーマザーからリアルマザーへの出逢い

人はおよそ母親だと思って相手にしているのは、自分の内なるインナーマザーである場合がほとんどです。
インナーマザーとは、幼少期よりずっと母親と共に生活をしてきた中で、自分の中で強く築かれてきた母親に対する内なる気持ち、虚像、想い、私の中のお母さんイメージです。
あなたの心の中にはお母さんが強く存在しています。
ですが、それは、あなたのプライベートなお母さんであって、オフィシャルな、パブリックな、公的なお母さん像ではありません。
ドラマの中の痛ましいシーンだけを切り取って、それがお母さんの全てであると思い込んでいしまっているだけです。
お母さんはもっと多面体、無限面体です。
もっと楽しかったころもあるはずです。
もっと優しい関わりだったこともあるはずです。
お母さんがもし生きていたら、そこを観ておくれといっているに違いありません。
あなたがお母さんへの供養として、そこの呪縛から解放されることです。
自分の中のお母さんを観ている状態です。
無くなった今でも、お母さんとのかかわりは心の中で新しいものとして日々、生まれ変わっています。今日は今日で、新しく合掌し、供養してください。
そうすることであなたはインナーマザーではなく、リアルマザーである、真実の「母親」をそこに見出し、語らう事が出来るでしょう。
それがあなたの中での本当の成仏です。

{{count}}
有り難し
おきもち

質問者からのお礼

回答ありがとうございます。
文章を読みながらまた涙が溢れています。
ふさぎこんでいたのが救われた気持ちがしました。
人として少しでも成長できるよう努力し、これからも母への感謝の気持ちを忘れず過ごしていきたいと思います。
本当にありがとうございました。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ