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離婚しようとしている私は我慢が足りないのでしょうか?

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何度もこちらで励まされてきましたが、
ついに離婚届けを書きました。

やはり、どうしても過去に言われた沢山の
暴言を受け流すことができませんでした。

旦那は、私がここまで思い詰めていたことを
今になって自覚したようで、できることなら
やり直したいといっています。

わたしは、旦那の言葉を信じてついていくべきか、迷っています。
しかし、今までの暴言は、今はまだ許すことができません。

そして、今年30歳という節目を迎え、
離婚後の将来の不安と、旦那について行くと決めた場合、仲良くやっていけるのかという不安があります。

私はワガママでしょうか?旦那の暴言くらい、、と、我慢して、皆さん過ごしているのでしょうか?


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

苦を滅す

好き同士で結婚し、愛し合っていると思っていた二人であっても、諸行無常の道理の故に離れなければならない縁もあります。
それがいいとか、わるいとかいうことはないでしょう。

我慢が足りないかどうか、その基準は何でしょうか。世間一般の人が我慢できているのにいちごさんが我慢できず苦しんでいるとしたらそれでも我慢しなければならないのでしょうか。そんなことはないでしょう。苦しみは誰も代わってくれません。他の人にとっては苦でないこともいちごさんにとって苦であるならばそれは他でもないいちごさんの苦なのです。

苦は滅することができる

と説いたのはお釈迦様であります。今回いちごさんはご自身の苦をどのように滅したいでしょうか?
誰に言われたからでもなく、ご自身の苦と、ご自身の願い(本心)と向き合って決断しましょう。そのように決めることが新たな苦を生み出さないために大事であると思います。誰々にこう言われたから…などのようになると目の前の事実を受け入れられず苦しみがどんどん湧いてきますからね。
苦は他の誰かに与えられるのではなく、自己の内側から湧いてきます。その苦に対してどういう態度をとるか…。後悔のない選択を。

私としてはどのような決断であっても「それは我慢が足りない」などと責めませんよ。だってそれはいちごさんにしかわかりませんから。

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個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

質問者からのお礼

沢山の質問があるにもかかわらず、早々の
御返事ありがとうございます。

たしかに、誰に言われたからではなく、
自分で決めないとだめですね。

旦那に言われたからではなく、自分が、
今の旦那についていけると思えるなら、ついていくしかないということですね。

じつは、私の両親も同じことを言っていました。

どういう結果になったにせよ、悔いのない人生を歩もうと思います。 ありがとうございました。

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