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宗教の勧誘

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有り難し有り難し 22

団地に住んで一年以上たちますが、何ヶ月かに一回は新興宗教の勧誘が回ってきます。

毎回居るときは丁寧に「申し訳ありませんが、旦那が僧侶なので…お話もチラシもいただけません」とお断りしています。

それでも、「奥さんは僧侶じゃないでしょ、なら平気よ。それとも、仏教徒?」と聞かれ「はい、仏教徒です。すみません、忙しいので」とお断りしてます。

本当にしつこくて困ってます。ああいう宗教はすぐお金の話をするし、最初は優しくても、すぐ信者の勧誘をせがむし、ろくなもんではありません。

どうしてそんな変なもんに入ってしまうのか、人間弱ってる時に優しくされると弱いのはわかりますが、私からすれば行く所が間違ってると思います。

お寺さんや教会に足を運んで少し話を聞いてもらうなり、お参りに行くなりの方向になぜ行かないのかな?と思います。

私は精神的につかれた時にお参りに行って、空間と香りに癒され、開放された気分になるし、好きですけどね。

そのうち私も寺婦になりますが、誰でも気軽にあがれるアットホームな空間作りが出来たらと思います。

たまに物貰いもきます(笑)そういう方はお断りしますが、若い人も気軽に来れるようになればと思います。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お寺にもきますよ

宗教の勧誘はお寺にもきますよ。
もちろんお断りします^ ^

お寺の敷居を低くし、たくさんの人が気軽に来れる場所にしたいと思う気持ちは、素晴らしいと思います。

しかし、現実にはまだまだ布教活動が足らず、お経をあげるときだけの場所のようになってしまっている現実があります。心の拠り所となる場所になるよう、僧侶は自分を磨かなくてはいけませんね。

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有り難し
おきもち

おきもちが子供達の笑顔になりました


宗教施設について行ったことがあります。

私は昔、京都市内で、とある手かざし系の宗教の人に道端で声をかけられ、にぎやかなショッピングモールの前の歩道で、目を閉じて浄霊という手かざしの作法を受けました。
正直、何も感じませんでしたが、おもしろそうだったのでその方々について行って、宗教施設内の和室で、指導者っぽい人と勧誘役の若者二人に囲まれて話を聞きました。
3時間くらい話をしましたが、結局、私が彼らから言われたのは、「あなたは(仏教に)洗脳されている!」でした。

また、あるときは、うち(お寺)にモルモン教の自転車に乗った外国人2人組の長老(といっても二十代前半の若者)が訪ねてきて、私はその日から何度か、彼らの教会に足を運んで「レッスン」と呼ばれる説教とお祈りを受けました。
青い眼の長老達はつたない日本語で説明してくれて、悪い印象はありませんでした。
彼らはお酒もカフェインもとりませんから、日本に来て麦茶を知って喜んでいました。
教会には日本人の信者も数人いました。
私が仏教の業報輪廻について彼らに話したら、
若い長老から「誰が罪の重さを判定して輪廻させますか?神様ではありませんか?」と言われ、
私は、なるほど、こういう思考方法なのかと感心しました。
私には、どちらの教えも、お釈迦様の教えに比べると物足りない感じがしました。
ただ、彼らの布教テクニックのノウハウには感心しました。
私も仏教を知らなかったら、なんとなく良い教えに感じてしまった可能性はあります。

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おきもち

おきもちが子供達の笑顔になりました


浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

質問者からのお礼

お寺のイメージっていまだにお葬式、お墓、お坊さん。何ですよね。

近寄りがたい、敷居が高いのでしょうね。

「宗教について」問答一覧

密教について、

こんにちは。 沙門一緒さん、お言葉、回答有難うございました。 前回の質問にもある通りなのですが、 密教についてまだ、不安が消えません。 私は、密教という言葉を聞いたので、 なんだろう?という気持ちでハスノハで調べましたら、お経の名前や、相談、道具の名前が出てきました。そして、関連ページをうっかり開いてしまって、ハスノハの管理人さんがやっている写真付きのブログを見ました。一瞬、ほかの記事も見てしまったかもしれません。 今は一切見ていないのですが、前々回の質問の時、ハスノハの質問を見てしまい、不安で不安で何回もその質問を見たりしてしまいました。(画像ではないです) 私は、密教の情報をわざと、漏らしたり わざと、お経を唱えている所を盗み聞きするつもりは全くありません。勝手に唱える気持ちもありません。 しかし、不安で母に道具とお経の名前を言ってはいけないと言ったりしてしまいました。 また、ポロっと言ってしまうかもしれません ただ、日本史などに載っている密教のまんだらや像などは見ても大丈夫ですか? 今は見ていませんが、ハスノハ管理人さんのブログに載っていた写真は問題ありませんか? 「地獄に落ちる」という言葉が強烈すぎてずっと不安でどうしようもないです、 毎日、脅迫のように、地獄に落ちるとパッと出てきて、落ち込んでしまうので、 周りの人にも迷惑がかかってしまって、苦しいです。申し訳ないです。 すみません、怖がってしまって、また相談するかもしれないです。 どうかお願いします。

有り難し有り難し 27
回答数回答 2

宗教や宗派ってそんなに重要ですか?

宗派のラベリングに重要性が見いだせず、むしろ弊害を感じることが多いです。 (800文字と長めです。) 以前とある牧師さんに教わりました。「キリスト教は浄土宗とソックリだ。日本向けのローカライズのために、あえて仏教に化けて広めた可能性を疑う研究者すらいる(笑)」 真偽はさておき、個人的には同感です。核心部たる念仏などは酷似しており、言葉が違うだけで内容はほぼ一致かと(素人目には)感じています。となると、キリスト教と浄土宗の本質的な違いは何でしょうか?人智を超えた神仏を※※教だけが独占できると見なす構造にも疑問があります。 ここからが本題です。その違い(ラベリング)は、諸々の軋轢を覚悟してまで保つべき、重要な違いなのでしょうか? 些細な見解の差で派閥や宗派が分かれていき、しまいには宗教戦争が起こるのだとしたら、単なるセクショナリズムと何か違うのでしょうか?5%の違いのせいで協力できず、残り95%の共通点を捨てているように見えます。ましてや同じ宗派や寺院の所属でも、個人ごとに意見はバラバラだというのに。宗派の上納金制度?などを聞いても、宗派はいわゆるビジネス上の"のれん"に過ぎないのでは?との現実的な疑問も浮かびます。 問いの対象は浄土宗だけではなく、宗教と道徳の境界線についてです。話がそれますが、中東問題などを理解する上でも避けて通れないテーマです。奇譚のないご意見を頂けると嬉しいです。 問を整理します。 「学べば学ぶ程に、宗教や宗派のラベリングに重要性が見いだせません。むしろなぜ拘るのかわかりません。私に欠けている視点を、どうかお聞かせください」 以下は補足です。 私はキング牧師やガンジーを尊敬しています。彼らは別々の信仰を持ちつつも、※※教徒のためではなく、社会全体の差別撤廃のために活動しました。それでいて、全ては信仰に基づくと明言しています。このスタイルに敬意を持つ反面、宗教宗派のラベリングに違和感を持つということは、何かを見落としているのでしょうか? 宗教とか宗派に拘りがなく、人に言われるまで気づきもしないのはダメなのでしょうか?

有り難し有り難し 51
回答数回答 5

お先真っ暗

色々な人に助けられて何とか生きています。婦人科系の病気は中々手強いです。 私は一応キリスト教の信者なんです。もう20年以上も教会には行っていません。キリスト教では自殺は絶対に認めません。私が薬を買っただの飲むだなとここで言っていますが、どうしても理解出来ないんです。理由や原因が何であれ心身共に弱っていて命を絶ってしまった人の霊魂を受け入れないなんておかしいって神父様に言った事があります。頑張った、ギリギリまで頑張ったけど駄目だった人を、神から与えられた命を勝手に消したのは許されないなんて慈悲の神様がする事なんですか?って。結局水と油で教会には行かなくなりました。聖書をこの時くまなく読みましたが、自ら命を絶つ事は許されないと弟子が言っていて、イエズス・キリストは言っていないなと。こんな私がおかしいですが、自ら命をを絶った人の霊感が天国で安らかに過ごせます様にと祈っています。それは間違っていると神父さまが言ったので、もう教会には行かない事にしました。お坊様はどう思われますか?やれ薬をかったとか飲むとか言った私が聞くのは変かもしれませんが。 政府は決して認めようとはしませんが、CORONAの第1波が治らない内に明らかに第2波が日本を襲っていると思っています。益々主人は日本には来れないだろうと、もう一生会えないかもしれないとさえ感じています。婦人科系の病気はさっぱりです。治りません。通院に疲れています。でも、何とか生きています。息も絶え絶えです。

有り難し有り難し 28
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宗教とは

祖父の葬儀の時に「死後の世界はこうなっています」と何層かになっている図の説明を受けました。 仏教に限らず死後の世界、天国地獄も含めて「あることは知っているでしょ」からはじまることが多く、「なんでだれも見たことないのにあるということになっているのか」が解りません。 さらに私の認識では例えば仏教はゴーダマシッタルーダが釈迦のペンネームで小説を書いてそれを各宗派の開祖が読んで読書感想文を広めた、というイメージなのです。そう考えないと宗派毎の教典の違いや祭事の違いなど差が出てくることが理解できません。 宗教が絶対のもので揺るぎがないものであれば解釈が変わったり宗派が分かれたりするものではない。会派が別れたり解釈が変わるのは不完全な創作物である証かと思います。広めるために土着信仰と結びつくなどその尤もたるところです。 かなり偏った意見になっているのですが「こういうことになっている」だけで「なぜそういうことになっているのか」「それが間違いない検証は取れているのか」を説明しているものがあれば教えていただきたいと思います。 化学実験でいえば「再現性」、こうすればこうなる、というものです。それがなければ「どうなるか解らないのに信仰するの?」となってしまいます。 また、どうしても論理的に根拠がしっかりしているものでないと認められない性格なのですが、「いやいや宗教というのはそういうものじゃないんだよ」というのがあれば教えていただけないでしょうか。

有り難し有り難し 34
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宗教、神道、スピリチュアル

今の世の中は情報で溢れています。 スマホって簡単にいろいろ調べることができて、情報で溢れかえっています。 心がツライときや精神的にしんどいときに、 精神的に弱く強くなりたいなぁ 傷つきやすい性格を変えたいなぁと思い、 検索魔になって検索すると、 あれやこれやいろいろ出てきて、 何が良くて何が悪いわけではないと理解していますが、情報が多すぎて、よくわからなくなってきます。 何がホントなのか?何を信じていいのか? きっと私意外にも藁をもすがる思いで、いろいろ検索する人もいると思います。 (確固たる宗教など崇拝してる方は、このような迷いはないかと思いますが…) 信じたいことだけ信じてればいいのでしょうか? 仏教的な目線は下記のことはどのように思われますか? 全ての出来事は引き寄せ? 出会う人や出来事は偶然?必然? 自分に起こる出来事は必ず必要? 乗り越えられない試練はない? 健康に問題があるときは暗示? 仏様にお願い?神様にお願い? 宇宙に任せる? 自分の胸にすーっと収まった言葉こそがご縁があり、その時に、ん?なんか腑に落ちないなって思う言葉は受け入れなければいいのでしょうか? そのような言葉でも後から受け入れるようになるかもしれませんが… 私自身、家に仏壇もあり仏教ですが、正直、意識するときはお墓まいりや法事の時だけです。ですが、今度はお墓があるお寺に仏教講座があるので、参加しようと思っています。 自分勝手な考え、散文、お許し下さい。 お手数お掛けします。よろしくお願い申し上げます。

有り難し有り難し 26
回答数回答 2

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