お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

フェイスブックの管理人です。老牧師への対応に困っています。

Facebookで「花と自然と癒しのコミュニティ」という小さなグループの管理人を勤めております。

メンバーは仏教者・クリスチャン・ノン宗教など様々です。

コミュニティの規約で政治・宗教の話題は禁止しておりますが、一人70代の女性牧師さんがいて手を焼いております。

ことあれば、神が造り主だの神のお恵みをとか、平気で発言しています。
やんわりといさめたものの逆に「あなたは神を信じないのですか?」と逆襲されました。

私は特定の宗派・宗旨にはこだわりませんが、仏教の信徒のつもりでおります。しかし、当該コミュニティではお盆やお彼岸等の一般習俗としての発言は認めておりますが、一切、宗教の話はしておりません。

有り難し 14
回答 2

質問投稿日: 2015年10月6日 14:25

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

宗教思想のを「壁」を超えた関わりこそ、真の宗教性。

私は正直世間でいう処の「宗教」という感覚でいません。
そういう、いわゆる宗教宗教したところって、思想のニオイがぷんぷんして、手を取り合えない人たちもおられます。
時々、自分の宗教の色を出し過ぎる方、居られますね。
私は、本当の宗教性とはそういう宗教宗教したものではないと思っています。
お互い排他的であってもいけないとも思っています。
だから、私は入信こそしませんが、創価学会の教授クラスのママさんがやっている喫茶店にいって時々宗教談話もします。
コーヒーは誰が飲んでも、どんな宗教宗派の人が載んだからって味が変わる事はありません。
コンビニやスーパーは誰でも受け入れるからです。
ある種宗教宗教した人より度量がある。
そういう心の広さこそ宗教という小さな壁を超えた本当の宗教心です。
前者は宗教思想、といった方がより適切ですが、管理人であるあなたにそういう広い心を持ってもらいたいと思います。みな人間を肩書きで観る。
肩書きやら、宗教宗派の前に、人間。眼あり、耳あり、鼻あり、口あり。
隔てなく、それをその通りに受け入れる。
質問者様を始め、世界中の人が、外側のラベル、肩書き上の宗教宗派のへだてを問題にせず、内なる世界共通の宗教性=目耳鼻口身という何も隔ての無い真の宗教性を具した心身に目覚めてもらいたいものです。
▲お茶は誰の口にでも入る。私は〇〇教だから飲めない、というのは宗教ではなく思想なのです。

2年7ヶ月前

ブロックすることも視野に入れて

貞太郎さん、はじめまして。
徳島県の法話と天井絵の寺、観音寺の中村太釈です。

Facebookでコミュニティーを持っておられるとのこと。参加者に手を焼いておられるのですね。

コミュニティーを形成する時はルールがあります。貞太郎さんのコミュニティーでは、宗教の話題をしないというルールがありますね。ルールに従えない人はコミュニティーに入ることができないようブロックすることも考えてください。

これは他のコミュニティーメンバーに対しての礼儀です。

2年7ヶ月前

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