転職への心構え
いつもお世話になっております。
この度異動から1年。通算7年勤務した会社からの転職を考えています。
理由はいわゆる人間関係なのですが、
仕事に対する意欲などが合わないという部分で、
(どうせバイトだから。わからないもん(できるようになろうという向上心が感じられない))
人を変えることはできないので、一年間頑張ってみましたが、諦めも肝心だろう、と、私が出て行くことにしました。
鬱手前まできており、精神的にも苦痛だったので、転職へ踏み切ることへの後悔はさほどないのですが、
高卒フリーターという経歴ゆえ、転職がうまく行くだろうか。と、つい後ろ向きになりそうになります。
一度しかない人生、職場はその一箇所ではないのだから、様々な経験をするぞ!
などと前向きになろうとするのですが、不意に襲い来る不安が拭えません。
そういったときに心が軽くなるような、仏様の教えはありますでしょうか?
心に余裕を持ち、繁忙期明けから転職活動に打ち込めるように、お知恵をお貸し頂けたら幸いです。
よろしくお願いいたします。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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思いと事実
これから転職活動なのですね。上手く進み、気持ちよくご活躍いただけることを念じております。
さて、「そういったときに心が軽くなるような、仏様の教えはありますでしょうか?」とのことですが、残念ながら仏様は便利屋さんではありません。私が私の思いで傷ついたのを都合よくヨシヨシなぐさめてくれるわけではないのです。仏様の教えというのは処世術(この世を上手く生き渡る教え)ではないのです。
むしろ、私が私の思い中心になっていることを気づかせてくれる厳しい教えです。もちろん、その厳しい教えを聞くことで結果的に苦しみが晴れ、心が楽になるということはあります。
しかしながら基本的には私たちが悩み苦しむ現実を引き受けて、苦しみきっていける教えなのではないでしょうか。
不安でどうしようもないというのは、まだ起っていないことをどうにか自分の思い通りにしたと躍起になっているということです。
苦痛で仕方がないと言うのは、自分の思い通りにしたいことが思い通りにいかず面白くないということです。
仏様の教えというのは思い通りにことを運ぶ教えではなく、私の思いを超えて目の前の事実を知らせてくれる教えです。それは時に苦しく厳しいことでありますが、それが「私の思い」ではなく「事実」だからこそ、苦しみきっていけるのです。
仏様は私たちをありのまま受け入れてくださります。「ありのまま」とは「私の思い通り」ではなく「私が生かされている事実のまま」ということです。
仏様の教えに事実を照らされてまいりましょう。
質問者からのお礼
有難うございます。
私の書き方も悪かったのですが、確かに、その通りですね。
人を変えられなくて、変わるのは自分であるように、
心の高望みや卑屈さが不安定を招くものであり、全てはただ起こるだけ。
そういったものを考えながら、どこかでか抜けてしまっていたように思います。
故に、このような書き方をしてしまっていたのだと思います。
改めてハッとするとともに、不安になろうとなるまいと目の前に取り組むしかないのだ。と、思わさせて頂きました。
真理に触れる教えに対し、便利屋のような失礼な書き方をしてしまい、申し訳ございませんでした。
有難うございます。