飼っていたハムスターを殺してしまいました

先日、飼っていたハムスターを虐待の末殺してしまいました。

普段はとても可愛がっていました。しかし、ハムスターが言うことを聞かなかったりするとつい苛立ってしまい、叩いたり押さえつけたりしてしまうことがありました。

そして先日、ハムスターが言うことを聞かなかったため、かっとなりお仕置きのつもりでハッカ油をかけました。
ところが、ハムスターにとってハッカ油は有害なものだったようで、数日後にそのまま死んでしまいました。

もちろん殺すつもりはありませんでした。しかし、ハムスターに対して虐待を行っていたことは事実です。その末に、死なせてしまいました。今は罪悪感で何もする気が起きません。

私はどのようにしてこの小さな命に償いを行えば良いのでしょうか。
また、小さな命、つまり自分より弱いものに対してこのような行動を起こしてしまう自分に対して恐れを抱いています。
もし、自分に子どもが生まれたら同じようなことをしてしまうのでしょうか。不安でたまりません。

今後どのように考え、行動していけばこのようなことを防げるのでしょうか。どうかお導きください。よろしくお願いします。

有り難し 11
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

怒りに向き合い 無我に目覚める

物事を自分の思い通りにさせようとする。
それが人間のエゴ、自己中心的なエネルギーです。
これが盛んな人は「我」が強い、と言われてしまうものです。
そもそも、この世の全てが、もともと自分の思い通りになりません。
ハムスターどころか、天気も、あなたの目の前のすべてが、あなたの意思や願い求めからまるで無関係に存在している。
これを無我といい、思い通りにならないという意味においての「苦」というのです。(苦しいということではない)
実は、あなたがハムスターに自分のルールを当てはめて、思い通りにならんからという事で殺めてしまった心すら無我です。
まさか、ハッカ油で死ぬとも思わなかったのだから、それも、あなたと無縁でこの世の全てが、あなたとは独立して、単体で存在してるのです。

無我とは、自分の願いや求めからまるで無縁・無関係なありかたとして存在していること。
無我とは、世界の全てが、自分の願いや求めからまるで無縁・無関係に存在している事。自分の命も、呼吸も、髪の毛の本数も色も、ハムスターも。
無我なる現実に対して、自らの我の牙を以って向かう所、まるで歯が立たないことに気づけたはずです。
あなたに、この世の全てが無我であることを教えてくれたのが、その公スターですから、今日から崇めてねんごろに供養することです。
あなた自身が無我になり、透明無色になることで、あなたもハムスターも仏の心に目覚めるでしょう。そうした心で人を、自我やエゴから離れた心に引き連れて行ってあげてください。それが一番の供養です。

2年4ヶ月前

人畜同根の命

パパイヤ様
飼っていたハムスターのいのち・・・かえってくる事はありません。文章を読ませていただき今後悔の思いでいっぱいの気持ちが伝わってきましたした。

そのうえでわたくしから一つだけ。

「今パパイヤ様が亡くなった子のために出来る最大限の供養を行ってください」

日々、お写真の前で手を合わせお線香をつけるのもよいでしょう。お寺さんにお願いし、お経をあげてもらってもよいかも知れません。ご自身の出来る限りの供養を行ってあげてください。

2年4ヶ月前

何も抱えておられないなら

私もハムスターの供養をなさることに賛成します。納得できる供養をしてあげてください。

しかし、私はあなたがハムスターを悪い言い方ですが常態的に虐待しておられたように感じました。それがとても心配です。

小学生のころ、一時期ですが私も買っていた猫を虐待していました。学校が面白くなかったのでそれを物言わぬ猫をいじめることで発散していたのだと思います。いじめられっ子が自分より弱い子をいじめるという図式ですね。

これをあなたに当てはめてよいかどうか分からないのですが、思い当たることがあるのでしたら、虐待の原因になる心的な何かを解決しないといけないようにも思うのです。

考えすぎだとよいのですが、もし思い当たるのでしたら、またhasunohaに相談してください。

2年4ヶ月前

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