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正しく生きるということ

こちらのサイトを最近知り、毎日読ませて頂いております。
  
どの方の回答を見ても、納得するばかりで仏教の考え方にも大変興味があります。

私が昔読んだ本には、正しく生きるということが仏教の基本的な考えである。というようなことが書いてあった記憶があります。
それ以来、正しく生きるということはどういうことなんだろう?と常々考えて過ごしています。

例えば仕事。
人が面倒くさい、つまらないと思うような雑用を進んでやったとしますよね。
すると感謝はされますが、何となくあの人がやってくれるから。という雰囲気になり、いつもいつも同じ人がやるようになる。

そうなるとやはり人間ですから、私ばかりがなんで・・・という気持ちになってしまいます。
損得で考えてしまうんです。
正しいことをしているはずなのに、自分の心は荒んでいく。
それなら要領よく生きたほうが楽じゃないかと思ってしまいます。
が、要領よく人に押し付けたところで罪悪感に捕らわれてそれはそれでスッキリしない。

世の中には、うまく立ち回れる方がたくさんいますよね。
きっと皆いろいろ悩んで苦労もあるのだろうけど、私には幸せで賢く見えます。
子どもっぽく言ってしまえば、みんなすごいなぁ~。という気持ちです。

正しく生きよう。と思っても、過去にしてしまった罪は消えません。
何度も思い出しては、罪の意識にとらわれます。
なかったことにはできません・・・

これから先、どのように生きていくべきか。
気持ちの持ち方に悩んでしまいます。

生きる意味
有り難し 23
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

正しく生きること

拝読させて頂きました。
あなたのおっしゃることはよくわかりますね…。
本当に正しく生きることは大変難しいことです。
今正しくともこの先その答えは間違ってしまうかもしれませんからね。

時の世情を見るとよくわかります。
時代の流れの中でも正しいことが次の時代では真逆になっていることも善くありますからね。
とはいえ人の為に尽くすことはやはり正しいと私も思います。
様々形は違えどもその様に人の為になる事をする事それが世の中や社会や時代の似ずになって様々な在り方を生み出していると思います。
逆にその様な発想が無ければ社会も企業も国家も本来存在できませんよね。

とはいえ私達は常に間違った考えや行いをしてしまうものです。

仏教のお経の七仏通誡偈(しちぶつつうかいげ)には
諸悪莫作(しょあくまくさ)‥ もろもろの悪を作ることやめて
衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)‥もろもろの善をすすんで行い
自浄其意(じじょうごい) ‥自らそのこころを浄めること
是諸仏教(ぜしょぶつきょう)‥ それがもろもろの仏の教えです
と言っています。

そして仏教は中道を行くのです。つまりは適度なバランスをとって生きることです。
政治的な話ではありませんが、右に偏るでもなく左に偏るでもなくいつもニュートラルに物事をみて行動していく事です。
誰も見ていなくとも常に心を浄め心を安定させて生きる事そして自分の為だけでなく人の為にもものごとを行う事が大事です。

とはいえなかなか口で言うは優しく行うは難しですね。

あなたにもその様な正しい道を志して身も心も浄く正しく考えて、正しい行いを為して頂きたいと切に願います。
そしてもしもあなたが間違った行いをしてしまったのならば、どうか仏様にその間違いや悪を深く懺悔なさってくださいね。そして同じような間違いを犯さぬようにとお心にお誓いなさってくださいね。
仏様は必ず全てお聞き届けなさって下さいます。そしてあなたは清められるのです。

どうか共に精進していきましょうね。

共に仏道を求めて生き抜いていきましょうね。

自分の想い一つです。

まりもさんのお考えになっていること、私も時々考えていました。
教えの中には、常に正しく生きなさい。どんな宗教でも同じことを言っています。
でも、実際には、何が正しく何が間違っているのか、分かりません。
立場が変われば、みんな自分が正しいとなります。
ゆえに、正しくとは何か?自分の相手も不幸にならないような生き方・・・でしょうね。
しかし、これも難しいことなの、あまり考えず、その時々に応じて自分に素直に自信を持って生きることでしょう。そうすれば後悔もしなくてすみます。

過去の事は、済んでしまったことです。反省は必要ですが、後悔はしても仕方ありません。
何度も同じことで悩むだけです。自分でしっかりと反省できたらそれでいいと思います。

それと心と行動は、必ずしも一致していません。
仕事のことに触れていましたが、要は、どのような想いでいたかだけです。
自分ばかり損をしていると思えば、損をしたのでしょう。別に感謝されることを望んでいる訳ではなく、これで一つ仕事を終えることができた。と思えば、本当に意味で感謝されるでしょう。
仏教にはさらに多くの教えがあり、たとえがあるでしょうから、参考にしてください。

仏教における「正しい」というもの

まりも様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

何が「正しい」のか。一体、誰がその基準を定めるのか。

これは、仏教でも大変に重要なこととなります。

もちろん、仏教における「正しい」というものは、仏様の判断・基準がその根拠とならなければいけないのですが、お釈迦様の教えというものは、「対機説法」、「善巧方便」と申しまして、その人、それぞれに対しての最善の方法を説かれているため、Aさんには正しくても、Bさんには合わない、間違ったことになってしまう、ということがあるものとなってしまっています。

ですから、仏説においては、拙生にとっては正しくても、まりも様にとっては間違ったことになる、ということもあり得ます。

それでは、何かいい加減なものではないか、という印象を持たれてしまうかもしれませんが、そのような仏説の中でも、了義(勝義)と未了義(方便)として、分類されて、了義の教えを真実義として、未了義の教えは、対機的・方便的な教えとして修習していくことが求められるものとなります。

ですから、未了義・方便の教えについても、必ず、了義・勝義の教えを意識した上において、修習を進めていくことが大切なことになります。

と、少しご質問の趣旨とは違った回答になってしまいました。すみません。

とにかく、全ては因縁(原因と条件)次第です。

過去にしてしまった罪、業というものにも実体は無く、因縁次第では、無くすことも当然にできるものです。

その無くすための方法をお釈迦様はたくさんお説きになられておりますので、是非、これも機縁にしっかりと仏教を学び修していって頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌


質問者からの有り難し - お礼

kousyo Kuuyo Azuma様

ご回答、ありがとうございます。
仏教における中道という言葉、知ってはいたものの意味を初めて知りました。

偏らずバランスをとって自分の正しいと思った行いをする・・・
頭ではわかっていても、そこに感情がくっつくと本当に難しいものですね。
 
思えば、子供の頃はそれが自然に出来ていたように思います。
大好きな父や祖母の為に、喜んでもらいたい!
何も見返りを求めず、ただ喜ぶ顔が見たいために何かをしてあげる。
そんな気持ちがあったように思います。
それがいつの間にか損得感情で動くようになってしまっていたなぁと。
kousyo Kuuyo Azuma様のお言葉で、そんなことをふと思い出しました。

何の面識もない私のこんな質問に親身になって答えてくださってありがとうございました。
仏教の事はとても奥が深く私には難しいと思いますが、kousyo Kuuyo Azuma様が教えてくださったこと、よく胸に刻みつつこれからも勉強していきたいと思います。
暖かいお言葉、本当にありがとうございました。

鈴木 海祥様

ご回答、ありがとうございます。

何が正しく何が正しくないかはわからない。
自分にとって正しいことが人にとって正しいとは限らない・・・
本当にそう思います。

以前仏教の本を読んだときに、謎かけのようだなと思ったことがあります。
仏様に質問をしても、質問で返ってくるような。
結局答えは何なんだろう?と腑に落ちない気持ちでした。

ですが、鈴木様のいう自分も相手も不幸にならないこと。
そういうことなら、私にも出来るかも。
私ばっかり‼ってねちねち思うくらいなら、次は何々さんお願いしますねって言ったほうがよっぽどすっきりしますよね。

なんか目から鱗が落ちた気持ちです。
思えば私は、いつも何か頼む前に相手が嫌だろうな~って勝手に決めつけてたかも。

自分に素直になることも、正しく生きる道の一つですね。
本当にありがとうございました。

川口 英俊様

ご回答ありがとうございます。

仏教についてのお話、やはり難しいですね。
勉強不足な私にはきっと全て理解できていないのですが、私にとって正しいことが人にとって正しいとは限らないってことは実感としてもよくあります。

過去にしてしまった罪を無くすというのは、どういうことなのでしょうか。
仏教を勉強していけば、理解できますでしょうか。

私はしてしまったこととして、今後悔はしていないんです。
自分がしたことなので、ある意味仕方ないと思っているのですが、罪悪感に捕らわれていて、それを無くすというのは何か相手にも悪い気がして・・・矛盾していますが・・・
自分の心を軽くしたいという我が儘なのかと思っています。

その答え理解できるかわかりませんが、川口様の言うように、もっと仏教というものを勉強してみたいと思います。
暖かいお言葉、本当にありがとうございました。

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