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考え過ぎてしまう癖を治したいです

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有り難し有り難し 41

人と関わりのない人生は無いと思います
しかしわたしは人と関わることで時々不快に感じます。それと共に、私を厄介に思っていると思い込みます。

深い仲の友人にはあまりありませんが、浅い関係の方には特に顔色を伺い、その方を尊重しますが、私は自分の意見は話したい人間なので、控えめにも自分の考えを伝えようとします。しかしながら、あとあと毎回その時の場面を思い返して、私はあれで良かったのか、私はどう思われているのか不安になります。

初めはとてもよい関係のように感じていても、自分をさらけ出し弱みを見せると対応を変えて来る人がいます。歳をとっていてもそんな人はいるんですね。そんな人に出会い驚きます。

でも、これも考えすぎだと言われます。
人間って疲れますね。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

脳内でタグやページを開きすぎるとフリーズする

人と会ったら「あった時のまま」でいることが一番です。
今のことを大事してそのページがネットでいうと最初に開いたページだとすると、それ以上あれこれリンク先をクリックしないことです。
・アタシのことこうおもってんだろうなー。
・こんなこと言ったら怒られるかなー。
・この表情…、アタシのこと嫌ってる?
全部☒をクリックして消してください。
事実は一ページだけです。
それ以外は関連項目。
後から湧いてきたリンク先や関連動画、追いかけてくるウザイ広告みたいなものです。
そっちを相手にしているからアタシ苦しかったのか、という自覚を持ってください。
そっちの後から開いたページなんかに用は無くなる人生をGETできましょう。

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有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

あなたを疲弊させる正体は…

1.【慢】  自分より劣っている人に対しては自分が勝っているとうぬぼれ、同等の人には、自分と等しいと心を高ぶらせる。
2.【過慢】 自分と同等の人に対して自分が勝っているとし、自分以上の人は自分と同等とする。
3.【慢過慢】勝っている人を見て、自分はさらに勝っている、とうぬぼれる。
4.【我慢】 自負心が強く、自分本位。
5.【増上慢】悟っていないのに悟ったと思い、得ていないのに得たと思い、おごり高ぶる。
6.【卑慢】 非常に勝れている人を見て、自分は少し劣っている、と思う。
7.【邪慢】 間違った行いをしても、正しいことをしたと言い張り、徳が無いのに有ると思う。

以上、【七慢心】といいます。
あなたは結局、自分をよく見せたい、よく見られたいという思いが強すぎるのでしょう。その原因は【慢心】に取り殺されかけているからではないかと思います。

一日も早くこの【慢心】を手放し、これ以上でもこれ以下でもない、どこまでもニュートラルな自分を発見し、どうぞ自分を開放してあげてください。

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おきもち

個別相談可能
【公認心理師】 【レンタルお坊さん】活動中。 とりあえず何でも相談してください。 でも、悪い事とやりたくないことはやりません。 https://www.facebook.com/rental.monk rental_monk hasunoha.tenrakuin@gmail.com
平日は夜間のみ対応可能。

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。ネガティブを消したくて×を押してもなかなか消えてくれないこの頑固な思考を、どうにかすぐに消せるように努力します。

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