母の死
先日、母が旅たちました。
10年ほど前、検診で初期のガンがみつかったのですが、当初、家族に隠し、積極的な治療も避けていたようです。
一番身近にいたのが娘の私でしたので、母の身体のちょっとした変化に、どこか悪いのでは、病院へ行こう、と話したことも一度ではありません。その都度母は、私の心配を一笑にふし、何もなかったように毎日は続きました。
6年ほど前、いよいよ体調を崩し、やっと病院へ行ってくれた母の診断はステージ4、病院の先生方、母自身も最善を尽くしての6年だったと思います。
母が逝って2週間、母のいない人生に意味が感じられず、想像を超えた喪失感に打ちのめされる毎日です。そばにいた私が10年前の初期の段階で病院へ連れて行けなかったことへの自責の念や、親友のような母に、ガンであることをたった一人で抱えさせていたことへの不甲斐なさに潰されそうです。
過去は取り戻せない、そう思おうとしても、後悔ばかりがわいてきて、涙がとまりません。いつも精一杯私を愛し応援してくれていた母の一大事に何もできなかった、助けることができなかった、そのことはもう取り返しがつかない。10年前の自分を殴り飛ばしたいとさえ思います。
亡くなる前、とびきりの笑顔で「ありがとう」といった母の顔と声を思い出すと、もう若くもないのに泣き叫びたくもなります。この思いをどう乗り越えたらいいのか、もしおこたえがいただけましたら幸いです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
お母さまの笑顔が答えです。
この母がいて、この子あり。
と感じました。
まさに生涯の親友のような
ご関係ではなかったかと、
推察いたします。
ありがとう!と笑顔が、
お母さまのあなたへの、
最後のメッセージですよ!
いままでありがとう!
本当にありがとう!
感謝、感謝の気持ちで、
極楽浄土にお迎えされたんです。
これからは自分のために生きなさい。
しっかりと前を見つめて歩んでね!
まだまだ幸せをつかめるんだから、
これからの人生でしょ、
何を年寄りみたいなこと言ってるの。
幸せになってちょうだい。
お浄土からいつもあなたを
見守っているからね。
私のことはもう大丈夫だから。
あなたはあなたの人生を、
これから歩んでください。
幸せに!
もっと幸せに!
笑顔を見せてちょうだい。
そんなお母さまの声が、
聞こえてくるような感じます。
愚拙もお母さま同様に、
あなたの幸せを心から祈ります。
どうか笑顔を見せてくださいな。
これからのあなたの人生に、
祝福あれ!幸あれ!
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
お母様と共に
拝読させて頂きました。
大切なお母様がお亡くなりになりあなたは深い悲しみと後悔にさいなまれていらっしゃるのですね。
あなたのそのお気持ちを心からお察し申し上げます。
お母様が仏様のお導きを受けて仏様のもとで安らかに穏やかになられますように心から仏様にお願いしお念仏おとなえさせて頂きます。
南無阿弥陀仏
お母様は仏様のもとで一切の苦しみもなく安心なさって下さいます。そしてご成仏なさりこれからもあなたや皆さんをお見守りなさって下さいます。
悲しみは尽きないでしょうけれどもそのお気持ちをお母様へのご供養のお気持ちにかえて真心込めてお母様に捧げて下さいね。
あなたのそのお気持ちは必ずやお母様に届きます。
お母様は己れの意志を持ってしっかりとご自分の人生を悔いなく生き抜いたのです、そしてお母様は皆さんと幸せな人生を歩んでいかれたのです。
そしてこれからもあなたや皆さんを見守り続けて下さいます。
あなたとお母様とのご縁はこれからもずっと一緒です。
あなたはお母様と一緒にこれからもしっかりと生き続けていかれます。
どうぞお母様とのご縁を大切なさりこれからも健やかに生き抜いて下さいね。
いつ如何なる時もお母様が共にいて見守り続けてくださっていますからね。
質問者からのお礼
三浦康昭様
心のこもった回答と祝福をいただき、感謝いたします。
母の笑顔と思いに応えられる人生にしたいと思いました。
母が最後の力をふりしぼってくれたメッセージを笑顔で受け止めることが(時間はかかっても)できると思います。
本当に感謝いたします。
Kousyo Kuuyo Azuma様
「己れの意志を持ってしっかりとご自分の人生を悔いなく生き抜いたのです、そしてお母様は皆さんと幸せな人生を歩んでいかれたのです」との一文に目の覚める思いがしました。
後悔ではなく、母の意志をもって生き抜いた人生を尊重したい、そう思えました。
心より感謝いたします。
物理的にはお目にかかることの難しかっただろうお二人とのご縁をいただき、hasunohaサイト様へもお礼申し上げます。