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孤独に生きていくことに耐えていく自信がありません。

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先日、高齢の母親が血管系の病気で倒れて救急搬送されました(幸いにも自宅療養になりました)

今まで1年に1度くらいの割合で救急にお世話になることがありましたが、心配する事はあっても、深く思い悩むことはありませんでした。

でも、今回このような事になり、ふと、今後、万一高齢の母に何かあった時、もう楽しさや悲しさを共有できる家族がいないと考えた時、孤独感に耐えることができるだけの精神力がなくなるような気がして、いけない事とわかりながらも、一ヶ月前に別れた彼氏に泣きながら電話している自分がいました。

今までは我慢することはそれほど苦になりませんでしたが、精神的に辛いときに頼りになる人、特に私が独身で家族がいないことが、これ程までに辛いと思うと、絶望感に涙が止まりません。

人に迷惑をかけずに寂しさ、孤独感に耐える方法、自分を律する方法をご教授いただけないでしょうか。何卒宜しくお願いします。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

年上が狙い目です

ギラリとした表現で、いやらしくてごめんなさい。
親の代わりを求めるならば、同年代では役に立ちません。同年代の男性からは、むしろ母親に向ける目線で、食い尽くされてポイ、でしょう。
お子さんをお望みかどうかは分かりませんが、年上の方であれば、その辺りは済んでいる可能性も高いのではないかと思います。
「人に迷惑をかけず」と書かれていますが、これは相当厳しい条件です。「独力で」という意味ですか?こんな厳しい条件を、そのくせに守れると思っている人は、たいてい自らのルールに縛られて、周りとの関係が固定化されます。つまり、問題点があればズンズン辛くなる一方。
どなたかパートナーを探される事をお勧めします。しかし、年上の方で、という条件を考えてみてください。

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有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊さんに限らず、二足のわらじを履くことで、話に幅が出るはずだと考えて、はき続けています。子育てとか家族論とか考えつつ、でも仏教って個人のものだなぁと感じたりします。

縁遠く結婚を諦めている方もいます。
そんな方は生涯独身を覚悟していることが多いようです。
一人になって寂しさを忘れる方法は
忙殺されることです。仕事、趣味、ボランティア、ゲーム。
まだ家族があるうちに趣味を増やし準備するのもよいでしょう。

そうやって人生を楽しんでらっしゃい。
思いがけないところからご縁がやってくるものです。

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有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

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