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両親に離婚の報告をしました

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有り難し有り難し 17

来月、離婚することになりました。
まずは電話で母に離婚報告をし、後日説明しにいくと話しました。母は「合わなかったんだね。残念だね。これから貴方が色々と改めていきなさい」と落ち着いた口調で話していました。

数時間後、父親から電話が掛かってきて「相手(夫)の考えもまず聞いてみるけど、今後の生活のために、弁護士を立てて調停で話さなくてはならない」と言われました。
両親には、結婚当初から生活費を夫から貰っていないことを話していました。
私たち夫婦の間では、協議離婚で公正証書を作成するという話し合いまでしていたので、父親の考えに驚きましたが、心配を掛けてしまったり、このようなことになり、大変申し訳なく思っています。

父親は頭に血が上っている様子でした。
結婚も離婚も、自分達だけの問題ではないと思いました。
両親は高齢なので、負担や迷惑をなるべく掛けたくありません。(こちらの状況でストレスを掛けて病気になって欲しくないので)

両親に後日、直接話す時、どのように伝えれば良いでしょうか?
両親と夫であまり揉めて欲しくないです。

ご回答頂けると幸いです。
どうぞよろしくお願い致します。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

円満な離婚を最優先

率直に申し上げます。
もともとがそのどうしようもないサイコパス夫だったのですから、高い人間性を求めても無理でしょうから、慰謝料等はさほど取れないものと思っておきましょう。
条件を良しとするまでは絶対にあなたからハンコを押してはなりません。
向こうに有利に都合よく離婚されてしまうからです。
それよりも何よりもさっさともめずに別れたければ何も要求せずにその地獄から脱出しましょう。
三つくらいプランを立ててみてはいかがでしょう。
1(# ゚Д゚)あのKUSO夫め!搾り取れるだけ搾り取ったるわいプラン
2(# ゚Д゚)完全に法にお任せ、妥当離婚プラン
3(# ゚Д゚)そもそもが誤解で結婚さっさとわかれましょプラン
本来であれば妻に対して妥当の生活費を入れるものです。
その男はあなたよりも金、自分を愛していた。
それが分かっただけでも高い授業料でしたが、学びです。
離婚でもめてもめて精神的にボロボロになってしまう人もいますから、司法書士さん、弁護士さんなどによく相談して金額の上では妥当な金額で。
そういう男性は口だけでまず支払いを滞るはずでしょうから、強制執行認諾約款所付き公正証書を作りましょう。
これはあなたが強くなっていくための試練です。
その男性を含め世の中には本当に悪い人間もいるのです。
早く縁を切り、あなたはあなたで自信の人間性を向上させるべく、菩提心、精神の豊かさを向上させるようにつとめましょう。
仕返し的に、もっともっととなると結局泥沼化しますでしょうから、妥当なラインをご両親と相談されるとよいでしょう。あなたが覚悟、決心さえついていれば親御さんも安心でしょう。
強く、つよく、タフに生きてください。
豊かで心温まる人生はこれからです。
幸せになれるための離婚です。
離婚離婚と悪く考えずに、猛獣からやっと解放されることを喜ぶ勢いで恨みっこなしのポジティブで明るい離婚をしましょう。

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有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

質問者からのお礼

丹下覚元 様
ご丁寧なお応えを頂き、ありがとうございます!
離婚は勝手にされないように、密かに役所に不受理申請を提出しております。

悪い部分だけではないではなく、間違ってはいませんが、時々道徳的な部分で疑問に思う所がある夫です。

1のプランに関しては、夫は再婚するために婚活のために結婚相談所に入会したいみたいで、お金は必要最低限しか出したくないと主張しております。
よって、2か3になりそうですが、実父がかなり立腹しているので、2になりそうな予感がしております。

向こうは私のことを「思っていた人と違っていた。邪魔な性格」だと言っており、私も段々と夫のことをそう思うようになりました。
本当に人生にとっで高い勉強代になりました。
半年近く夫から無視や嫌がらせを受けて心身共に疲労しているので、早めに決着をつけたいです。
ありがとうございます。
前に進むために納得いく形になることを願ってやってみます。

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