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先日母親が亡くなってとても辛く淋しいです。

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幼少の頃から母親が苦労してきたのを見てきたので自分が早く大きくなって母親にたくさん親孝行することを糧に生きてきました。
ずっと母親っ子でとても優しく、自分の事よりも子供の事を何より優先して心配してきた母親、、
そんな母親との日々が仕事してても糧でした。

それなのにまさかの先月緊急入院してから僅か2週間で他界してしまい、、今でも信じられません、、末期の癌からくる腹膜炎でした、、84歳でした。

2週間付きっきりで看病してましたが、母親は最初の一週間は「迷惑かけてごめんね、、退院したらまた年末一緒に買い出しに出掛けようね、、がんばるからね、、と、、」
手を握りながら相づちうって笑顔振りまいてましたが、すでに主治医からは余命数日と予想もしない宣告受けててとてもとても苦しくて一人の時は号泣し続けていました、、
母親はまた家に帰れる想いで頑張ってるのに、本当の事はとても言えなかった、、
2週間目に入ったら一気に急変してきて話さなくなり、、それでも必死に口の渇きを潤してあげあり耳元で話し続けてました、、
母親は涙浮かべて、ぎゅっと手を握り返してくれました、、今思い返してもその時の光景が離れません。
最後は、徐々に息も絶え絶えになり眠るように永眠しました、、
号泣してありがとうを何度連呼したか、、嗚咽止まらず叫び続けました、、

亡くなってまだ2週間ちょっとですが、空虚感、悲壮感、孤独感、現実に受け止めれません、
何もやる気がおきず、母親の元にすぐ行って支えて一緒に逝きたいとかばかり考えてしまう今、、

家にいても母親の直前まできてた服や、台所の物とかはもちろん、出掛けても母親と行った場所、道がどこも頭をよぎって涙が止まらずさみしくて辛いです、、
母親の写真を常に肌身離さず持ち歩いて話しまくってます、、
84歳なら往生だと思うよとか、周りは慰めで言ってきても、自分にとっては全く素直に受け入れられず、逆に親のいる人に何がわかるんだ!と怒りとか苛立ちばかりになってしまう、、

普通に過ぎていく毎日がいかに幸せだったか、こうした別れで深く感じています。
今は普通に過ごす事すらつらくてたまりません、、
母親の涙流しながら手を握り返してくれた想い、、言葉で聞きたかった、、
母親の気持ちが聞きたくてたまりません、、
母親が高齢の時生まれた自分でまだ独身なので余計淋しいです、、


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

母親の最後の子育ての教えを受けてください(追伸)

たかさん、こんにちは。

大切な母親を亡くされたのですね。辛いですね。私も4年前に亡くしました。私も母を尊敬しておりましたのでとても辛かったです。
でも、諸行無常・愛別離苦は人生の真理です。先に生きて道を作ってくれた親は子供よりも先に亡くなります。親の最後の教えは親が死ぬということです。私たちは、人間は必ず死ぬのに、親は永遠に生きているような気持ちを持っています。私も理屈では理解し仏教信仰でもわかっているつもりでしたが、初めて父が亡くなった時に、死の悲しみは理屈でないことを初めて理解しました。頭では理解していても感情がおさまりませんでした。そこで初めて死の悲しみを理解したような気がします。

でも母は亡くなっても、母から受けついだこの生命はバトンタッチして生きているのです。母親のへの最高の思いは母からもらった生命を大切にすることです。

そして安心してください。私たちもいつか死を迎えます。その時に母のもとに会うことができるでしょう。

今は、母の感謝の気持ちとして、たくさんのお経を読みましょう。あなたが幸せに生きることが母親の一番の親孝行になるのです。一緒に母親孝行をしていきましょう。合掌

※追伸
そこまで息子に思われる母は喜んでおられると思います。
愛知から私のお寺は近いかも知れませんので、もし追善供養をしたい時はいつでもご依頼くださいね。合掌

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質問者からのお礼

すごく暖かいメッセージありがとうございました、、
また、逢えますよね、、また一緒に暮らせますよね、、

こうして辛く悲しい想いは常に出さないとものすごく情緒不安定状態なので、メッセージ返してもらえる事がほんとうに救いです。
いつも仕事行く時も、車乗る時も母親の写真と共に話しながら肌身離さない日々です。

早く完全にポジティブに人生生き抜いていけたらと思います。
常に母親がいる事を祈って、、

染川住職、暖かいメッセージ本当にありがとうございました。
すごく分かりやすく、スーっと心に言葉が沁み渡りました。
家族構成によって、それぞれの家庭で情の深さが違うと思いますが、自分は独身の身でずっと片足も都合悪かった大切な母親を側で支えてきた事が生きがいでしたので、母親にとの情もハンパじゃなく深く、、深過ぎるくらいでした、、
今、何とか
仕事行き始めましたが、常に入院中の母親の優しい顔や言葉、家に一緒にいた時の姿が交差してよぎるので急に寂しく、悲しくなってしまいます、、

こうして話しを聞いて頂けて、なおかつ
暖かい言葉を頂から事が今の自分にとって救いです、、

退院できると信じて頑張ってた母親、、本当の告知を出来ずに笑顔で看病してた事が本当に母親にとってよかったのか、、

どんなに支えてても後悔は残りますよね、、

もう一回、、お母さん!って問いかけて答えてほしかった、、

「親・家族・恋人・大切な人の死が悲しい・乗り越え・立ち直る」問答一覧

生活環境の変化と母の死が重なり苦しいです

転職・引っ越しによる環境変化と母の死が重なり心身ともに辛いです。 先日、母が癌で亡くなりました。1年前から入退院を繰り返しており、余命が短いことは覚悟していましたが、やはり悲しいです。母が病気の苦しみから解放されたのは救いですが、この先母がいないと思うと人生がつまらなく感じます。まだまだ母とやりたいことがたくさんありました。 母の死は時間が癒してくれるのを待つしかないのですが、ちょうど転職と引っ越しをした直後に母が亡くなったため、新しい仕事を頑張れる気がしません。一人暮らしでホームシックにもなっています。まだ結婚もしておらず、一人っ子でもあるので孤独感が大きいです。 新しい仕事は私が目指していたことで、母も生前応援してくれましたが、母が亡くなった今となっては前向きになれません。これから新しい仕事のためにたくさん勉強しなければならないのに、無気力で頑張れる気がしないです。 母の癌が発覚した1年前から精神的にしんどく、診療内科に通うほど体調も崩しました。そのような状況下で頑張って転職し、これからというときに訪れた母との別れは新生活の不安と二重の苦しみで耐えられる気がしません。これからどうやって日常生活を送り、前向きに人生と向き合えばよいでしょうか。

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故人の魂はどこに?

先日大好きな妻が亡くなりました。妻は本当に僕の全てで大事な大事な宝物でした。 子供もおらず、独りぼっちになってしまい、今は絶望しています。生きる目的、意味が全く無くなりました。 僕の唯一つの願いは最愛の妻の魂にずっとずっとすぐそばにいてもらい(お骨も手元に)、自分が亡くなるときに一緒のお墓に一緒に納骨してもらい、そしてあの世でまた会えることだけです。 質問なのですが、49日に審判され遠くへ行ってしまい最終的に極楽浄土を目指すという理解をしているのですが、疑問があります。 白木の御位牌から本位牌となり、魂を入れて頂くと思うのですが、位牌に魂が宿るとするならば、極楽浄土などに魂は向かうのに、魂はいったいどこにいるのでしょうか? 魂は分割され2か所にいるのでしょうか? また、お盆には年に一回戻って来るという話しも子供の頃から聞いており、迎え火で迎え送り火で送り帰って行くということでした。帰ってしまったらいないということなのでしょうか? 極楽浄土等、御位牌、お盆、魂の居場所をわかりやすくご説明頂けますと幸いです。 僕は妻にずっとそばにいて欲しい、遠くへ行って欲しくないと考えております、魂の居場所によっては仏教と考えが合わないのでしょうか? 実はそのように悩んでいる間に49日が過ぎてしまいました、49日の法要は過ぎては良くないと聞きますが今から行って頂くことは難しいのでしょうか? どうぞ宜しくお願い致します。

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父親亡くなる

父93歳母90歳姉64歳私57歳で、姉は実家からバスで30分の所に住んでおり、私は埼玉県に住んでいます。母は専業主婦で家事全般をやっていた人です。父母共に病気をして入院した時は、どちらかが実家に帰って寝泊まりをしていました。母が心臓の手術を10年前にしてから、家事全般を最小限しかできず、それでも父母と2人で頑張っていましたが、2年前に母が転倒して頭を打ったのですが、頭の中も異常なく、骨折もしておらず、ただ筋力が落ちて、やる気も出なくなり、父が母に変わって家事全般を最小限やってくれる事になり、父は、家事をやった事がないので、味噌汁の作り方を一から母が教えていました、しかし父の作る物にしょっぱいだの、と父と姉に話していたそうです。父も指示されているみたいでイヤだとは姉に話していたそうです。母か転倒して、動けなくなった頃から、愚痴がおおくなり、姉は、母は要支援2の認定を頂いていたので、訪問ドクター訪問看護ディサービスを利用し、少しでも愚痴の数を減らしていこうとした時に、父が脳梗塞でたおれ、悪性リンパ種も見つかり、入院して1ヶ月で亡くなりました。愚痴をこぼす所もなくなり、母は、私や姉が手続きや、お墓仏壇等をやっていると、私達に攻撃しはじたのです。ただそれが午前中に始まり夕方には、穏やかになり、母の今後の事もあり、ケアマネに来てもらい話をすると、老人うつ病をかられると言われ、私達も確信ではないが、そうではないかと思うと伝えました。前から少しずつあったものが、今になって大きく出てきたのではないかとも言われました。姉は知識がないので、精神的な事が書かれている本を前から読んでいますし、私も資格はないですが、施設で長く働いているので、少しは知識があります。ただ姉が言うには、父が生前の時母は、とても穏やかな人で先々を考える人だったと話し、母が転倒して何もできなくなってから、人が変わったようだと言うのです。うつ病があるかもしれない事を少し頭に入れて対応していこうと姉と話していたのですが、姉もわかっているが、ウンウンとは聞けずついいってしまう、母はエスカレートしてしまう、なので第三者に入ってもらって、近くにおばがいるので、母の話しを聞いてもらうなどして、対応していますが、これからどんな事に気をつけたらいいのか、対応はどうしたらいいのか、母自身も、自覚がないので困っています

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夫の死 心が平穏になる時がきますか

夫が病気で急逝しました。夫はさぞ悔しいことでしょう。まだ現実として受け入れがたく、ふわふわとした心持ちで葬式、様々な手続きに生活に追われています。 子供たちと現実生活をいつも通りにふざけたことも言い合いながら笑顔で暮らしていますが、寂しく悲しい気持ちは各々が抱えています。 夫が亡くなって、葬式後に不倫関係にある人がいることが分かりました。相手からの、のんきなLINEがきたことで気づきました。再会した元カノのようで、レストランで食事したりホテルで密会したりしていることがやり取りから分かりました。これからもっとたくさん会いたいなど、関係を続けたい夫の気持ちも書いていました。あの時もあの時も嘘をついて家を出ていたのだと知りました。LINEを探すと、他の女性とも恋心をほのめかしたやり取りをしていたことも分かりました。 夫は多趣味で、趣味に仕事に忙しく、女の人と会う時間があるとは思いもしませんでした。私を悲しませることはしない人だと信じて疑ったことは1度もありませんでした。 夫は子育てに協力的でした。家の中のことは大体私がやっていましたが、対外的なことは率先してやってくれていました。共働きで、協力し合わないことには生活が回らなかったので、助かってました。私は子育て家事に喜びを感じながらも、夫の行動に苛立ちを感じていたことは確かです。夫は趣味の時間を家庭の様々なことに取られていると不満をいうことがありました。趣味をしている時の夫は本当に楽しそうなのでさせてあけたいと考えていたし、実際、ずっと続けていました。 こんなに趣味を楽しんだ上に、家事に疲れている私に、したいときだけすり寄ってくる夫を疎ましく思う気持ちもありました。 私は夫が好きでした。夫の物を片付けていたら、私からの数年おきの長い手紙や「大好きだよ」のカードがたくさん出てきました。先月もあげたはかりでした。 他の女の人には優しい言葉をたくさん書いていましたが、私にはありませんでした。私を子供の母としか見ていなかったのでしょうか。 数年前に、他の人としちゃおーなどと言うことが何度かあり、私はあきれて、どーぞ。と、言ってしまいました。夫は自分の欲を実行したのですね。 1人になると動悸がして落ち込みがひどいです。子供たちの明るい未来のためにも、元気で生きていきたいのです。どう考えれば心の整理がつくのでしょう。

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