お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

自分を取り戻したいです。

私の父親は幼少の頃に虐めにあい、挫折と劣等感で自分の人生が面白くないそうです。
父親は、自分だけが苦しいのが嫌だと言っていて、私は楽しそうにしないで、自分の娘なんだから一緒に苦しんで欲しいそうです。

父親が苦しんでいるのに、私は楽しいと思うことを楽しんではいけない、楽しいことをやってはいけない、好きなことをすることへの罪悪感でいつしか心に蓋をするようになりました。

それから自分の気持ちがわからなくなりました。
フラストレーションがたまります。
自分の洋服の好みもわからなくなりました。

家族に辛いことがあっても、好きなことを楽しんだり、自分は希望や夢を持って、自分だけ幸せになっても良いのでしょうか。
父親だけ不幸せでいさせるのは、親不孝や薄情娘にならないでしょうか。

父親の期待に応える生き方をやめても良いのでしょうか。
自分を取り戻したいのです。

心構え・生きる智慧
有り難し 20
回答 2

質問投稿日: 2017年12月26日 0:52

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

吉井浩文

あたたかさ。

なかなか難しい境遇をお父さまは抱えてらっしゃるのですね。
しかしそれに寄り添おうとする、みみさんの優しさが身に沁みいるようです。
お父さまのお言葉も『自分だけ苦しいのは嫌。』と
ある意味、どこまでもストレート投球、まじりっけなしののどごし さながらではありませんか。見栄っ張りではっきりしない私とは大違いです(笑)

たぶんあなたが一緒に苦しんだところでお父さまは畢竟、満足しないでしょうし、一緒に苦しんだところでそれが期待に応えることにはならないでしょう。
お父さまが本当に求めてらっしゃるのは、「見限らないでいてほしい」という一点だけではないでしょうか。
苦しみを抱えている人が本当に求めていることというのは、みじめさでもなく共感でもなく変革でもなく「あたたかさ」なのです。
まずは先にどうしてもそれが来てほしい。楽しんだり、希望だったり夢だったり、改革であったり、というのは、その「後」にきてほしいのです。

私は日蓮系の僧侶ではありませんが、日蓮宗という宗派の開祖にあたる日蓮聖人という方は、このような言葉を残されています。
「一切衆生の同一の苦は悉くこれ日蓮一人の苦なり。」『諫焼八幡抄』
(生きとし生けるものの苦しみはすべて、私日蓮にとっての苦しみです。)
「人生が苦しい。」という人々に、日蓮聖人は多くの手紙を送り、このような言葉を送られたそうです。「私もです。」と。それじゃダメじゃん、と思いますか?
しかし、「法華経」というお経の精神にのっとり、人々の救済、社会変革、実践を謳ったとされる日蓮聖人ですが、特に晩年の文書を見ますと、まずもってこの「あたたかさ」に多くの人が支えられたのだなと感じます。

たとえ挫折や劣等感だらけでも、自分のご家族に、そんな「あたたかさ」があることを誇りに思うでしょう。あなたのお父さまなら。
娘のあなたに、苦しんでほしくはないはずです。
でもみみさんの持つその「あたたかさ」がいつか自分の前から消えてしまうのではないか。
そんな苦しみもあるのかもしれません。
どうか、期待に応えるとか自分を取り戻すとかはあまり気にせず。
無理のなきよう、そのような心持ちで接してみていただきたいです。

そして、好きなこと。楽しいこと。何でもおおいに見に行っておでかけください。
きっと分かってくださいますよ。

11ヶ月前

あなたはあなたの人生を生きて良いのです…。

 御父様からの苦悩の連鎖ですか…受け入れる必要は無いと思います。
 そして、逆にあなたがしっかりと人生を生きることで、御父様に御自身の人生をしっかりと充実したものになさって頂くようになさるのが正解だと思います。
 御父様は『挫折と劣等感で自分の人生が面白くない』そうですが、今生きていらっしゃるのだから、今日からの人生を変えていくことは可能なのです。人生を面白いものにすることは出来るのです。それは今現在を生きる(…過去に生きる、引きずられるのでは無く)ことで可能になります。
 そんなの出来ないとおっしゃるかも知れませんが、それは出来ないのでは無くて、メンドくさいからやらないだけ ということでしょう。あなたのためというより、御父様ご自身の為にまだまだ先の長い人生をしっかりと生きて頂きたいと思うのです。
 そして、全く同じことをあなたにも申し上げます。
 自分を取り戻したいというお気持ち…良く分かります。ならば、自分の人生を生きましょうよ。一生懸命に生きましょうよ。
 そんな人生は、もしかすると御父様に批判されるかも知れません。足を引っぱられる(?)ようなこともあるかも知れません。実は悪口や陰口は、本人が悪事を行った時、いやそれ以上に「真剣にしっかり生きた時、真っ向から批判することが出来ない時」に多いようです。
 ご批判覚悟で生きましょうよ、「出る杭(くい)になって打たれましょう」よ…「出ないまま土中で腐っていく杭」よりはマシです。それこそ「悔(く)い」の残らぬ人生送りましょうよ。
 あなたはあなたの人生を生きるのです。誰にも代わってもらえませんし、代わってもらうなんて勿体ないです。
 あなたの人生を見守り、支え続ける仏様というお方が見えます。だから安心して精一杯生きて良いのです。あなたのその生き方こそが御父様のお気持ちを変えていきます…本物・真実は一番強いのですから。

11ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

吉井浩文様
ご回答ありがとうございます。
見限らないでほしい、父にはそのような思いがあるのかもしれません。
暖かく接してほしいのかもしれません。
そう考えてみると、プレッシャーから少し、楽になれました。
私は我慢せずに、遠慮なく生きようと思います。

小林覚城様
父親には私が楽しくやっていることに対して批判を受けていました。私には仕事があるのに、趣味でやっている好きなことまで、金になることをしろ、みたいな言い方をされます。お金にならない楽しいことは無駄だ、みたいな。
それに従うのが苦しくて仕方がありませんでした。
でも、父親の思う通りに生きて、自分が遠慮するなんて勿体ないですよね。
批判されても、自分の楽しいことや好きなことを貫いて大切にします。父には父の人生を生きてもらいます!

関連する問答
このページの先頭へ