自分自身と向き合う
いつも大変お世話になっております。
ハスノハは私の心のささえです。
今回ご相談させていただきたいのは「自分自身と向き合う」ということです。
お恥ずかしながら私は、いい年なのに精神的にとても未熟で、子供の頃から大人になるまで本当に様々な罪を重ねてきました。
二十代前半までは人にしてきた事よりされてきたことへの苦しみ、三十路の今はされた事よりしてきた事への後悔で毎日苦しんでいます。
こんな私のことを大切に想ってくれる人を裏切り、私利私欲の為に利用したり、自分がされて嫌なことをしてしまったり。
自分の欲望を抑えられず、後先考えず衝動で動き、無知さで大きな過ちをしたり。煩悩の塊です。
あの頃は、ただひたすら目の前にあることしか考えられなかったのだろうと、今は思います。
過去は幻、未来は妄想、過去に執着して今を放棄するのはとても愚かだなと頭ではわかっていますが「あぁ、なんであんなことをしてしまったんだ」と過去の自分を恨んでしまいます。
そんな過去の自分や今の自分としっかり向き合い、これから清く正しく生きていきたいです。変わりたいです。
しかし、今まで見て見ぬふりをしていた気持ちや過去と向き合うということが、こんなに苦しく大変なのかと悩んでいます。
自分自身と向き合い変わっていくためのアドバイスをいただきたいです。
まとまりのない文章で申し訳ありません。よろしくお願いします。
(以前、別のご相談させていただいたときに教えていただいた懺悔は今後も続けていきます)
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
向き合うというのは、自分を責めることではなく、気づきと自覚。
「向き合う」って大切だよね。よく言うものね。仏教でも、我が身を省みることから真実の御心(仏様の)に出遇えていくとお伝えしています。
ただね、そこに点数をつけていませんか?
あの時の私はダメだった、許せない、怒りと情けなさで、自分を恨み、前にも踏み出せない、今も立てなくなる。
向き合うというのは、自分を責めることではありません。気づいていくということ。そんな経験から、これからを変えていこうと学ぶこと。自覚なんですよ。
私もよ。失敗も涙も、この経験を愚かなままにせず、ちゃんと学んでいきたい。清く正しい人間になることを目指すのではなく、自分を許し、周りに目を向けていける私に。
あなたの想いは、いつも見ています。
だからこそ、私は(仏様もね)微笑みながら背中を押してあげたいの。
その誓いを大切に、みんなで一緒に生きていきましょう。
あなたの手を、握っているからね。
質問者からのお礼
中田三恵様
御回答ありがとうございます。
中田様の優しく慈悲深いお言葉を、私もいつも読ませていただいております。
そうですね。変なところが完璧主義な性格なようで、点数をつけ周りと比べているような気がします。
自分を責める事ではなく気付き(自覚し)学んでいくこと。心に刻みます。
なかなか簡単にはいかないけど、愚かだったと気づけたなら変わっていけますよね。きっと。
これから一生懸命生きていきたいです。
背中を押してくださり、ありがとうございます。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
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(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
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