hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

毎回後悔してしまいます。

回答数回答 2
有り難し有り難し 29

どうやったら感情をコントロールできますでしょうか。
カッとなったら自分で止められません。

私はストレスを溜めやすく、そしてそれが爆発すると人に当たってしまいます。主に、夫や母親に対してです。
爆発した時は怒りに任せて口走ってしまい相手を嫌な気持ちにさせて、あとで冷静になった時にひどく後悔します。こんな人に迷惑をかけてばかりの自分、消えたくなります。

今回は、母親と一緒に出かけるつもりだったのが弟のせいで前日の朝ドタキャンされたことが原因です。
もともと予定は母親と弟の都合に合わせて半月前からスケジュール調整し続け、やっと日付が決まったので有給も取り、病院の予約もずらし、私から誘った映画のチケットも事前予約していました。
(弟の都合というのは弟の引っ越し作業の手伝いで、母から土日はそちらの予定が入るかもと聞いていたからでした。)

ところが前日になって母より「弟から明日こっちに来てくれないかと言われたから行けなくなった」とメールが来たので、「日時はそっちの都合でわざわざスケジュール調整したのに。チケットもキャンセルできないからお金が無駄になった。」と怒ってしまいました。
あとで冷静になって考えてみれば、こちらの事情も知っているのに はなから弟との調整もなく弟の予定を優先させたことがショックだったのです。

また姉だから我慢しないといけないのかと「今になってまた、お姉ちゃんだから〜っていうのが腹立ってきた。もし子供できたら絶対言わない」と送ってしまい、母に「一人っ子だったらそんなこと言われないし、最初に生まれてきただけなのにね(しょんぼり絵文字)」と言わせてしまいました。
産んでくれてありがとう。大切に育ててくれてありがとうと思っているのに、そんなことを言わせてしまいました。

弟にも「なぜ前日に突然来て欲しいと言ったのか」経緯を聞き、その時に色々ときついことを言ってしまいました。
夫にも話しアドバイスをしてくれたのですが、正論に聞こえ、何で私の気持ちを分かってくれないのかと当たって嫌な気持ちにさせてしまいました。

のちに夫の助言どおり弟に話を聞いてみると、今回の原因は、弟の段取りの悪さ・迷惑をかけてる自覚のなさ、母の早とちりで、2人とも謝ってくれました。

夫も母も弟も大好きなのに、きつく言って追い詰めてしまい後悔しています。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お念仏申す生活

ご相談拝読しました。

そうですねえ…感情をコントロールできたらいいのですが、そうもいかないのですよね。感情は起こすものでなく起きるもの。勝手に湧き上がってくるものですからね。

コントロールしようとするならば感情ではなくその感情に任せてしまう「行動」の方かもしれませんね。巷で言われるアンガーマネジメントというのもそういう類ではないでしょうか。いかに頭に冷や水をかける「間」を作るか、ということだと思います。言ってしまえばその間を作れないほど怒ってしまっているということでもあるのでしょうけどね。

ところでお聞きしたその状況、まあ怒ってしまうのも無理はないのかなあと感じます。あなたも忙しい中で予定を組んで楽しみにしていたのでしょうからね。
その気持ちをその場で汲んでもらえずなんだか簡単に「弟が~」となってしまったのは子どもの頃から抱えてきた姉としての寂しさや歯がゆさも刺激されてしまったでしょうからね。

でも、あなたも今はこうしてきちんと冷静に振り返って、それぞれの立場になって考えていらっしゃる。
行動をコントロールするというのは何も今からでも遅くないのですよ。今ここで綴っていただいた気持ちと謝罪をあわせてそれぞれにお伝えなさればいいのではないでしょうか。いや、もうされているのでしょうけどね。

さて、私は浄土真宗の僧侶なのですが、浄土真宗の教えと言えば南無阿弥陀仏のお念仏です。
お念仏というのは呪文ではなく、阿弥陀仏という仏様からの「眼を覚ましなさい」という智慧の呼びかけであり、同時に、「あなたはあなたでいいのだよ」というお慈悲でもあり、その呼びかけやお慈悲を「はい、たしかに受け取りました」という私から阿弥陀仏へのお返事でもあります。

私もよく妻とケンカしていつもしてしまった後に後悔するのです。そしてケンカする前にお念仏できていたらなあと愚痴るのです。
そうして「南無阿弥陀仏 なむあみだぶつ」とお念仏申して今を生きていきます。それで後悔の心がなくなるわけでも妻と上手く仲直りできるわけでもないのです。

しかし、ただ念仏申すところに阿弥陀という智慧と慈悲に抱かれた私の存在が有難く受け止めさせていただくのです。

あなたにもそういう何かとの出会いがあるはずです。私はそれはお念仏でした。あなたは何でしょうねえ。よかったら仏法に尋ねてみてください。

南無阿弥陀仏

{{count}}
有り難し
おきもち

はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生...
このお坊さんを応援する

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ