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遺された母の支えになりたい

回答数回答 1
有り難し有り難し 9

父が亡くなり、1か月が過ぎようとしています。
私の実家は父母二人暮らしで、これからは母一人です。
私は3人兄弟の末っ子です。実家のすぐ近くに住む姉夫婦と、車で5時間ほど離れたところに兄夫婦がいます。
私は車で20~30分のところに住んでいます。
父が闘病中は、毎日病院に行き看病に明け暮れていた母も、父がいなくなってしまった今は、寂しさから抜け出せないでいます。
姉は毎日、私もできる限り実家に行くようにしています。
姉も私も、夫も子供もいてパートですが仕事もしています。
姉は仕事帰りに毎日実家に寄り、母と一緒に夕食を食べて家に帰り、
自分の家族の夕食を作ったりしています。
母は、49日過ぎるまでお願い、、と言います。
母の寂しい気持ちも分かるし、私もできるだけ一人にしたくないなと思います。
こういう時は、自分の夫、子供に相談するなどして、もっと母のそばにいてあげたいとも思いますが。
親戚などは、一人にしたらダメとか、誰かが泊まってあげるものと言い、昔からのしきたりがあるそうなんです。
お互い無理をせず、遠慮をせず、助け合えたらいいのですが、
実際のところ、自分の家族が気がかりで、思うように母の支えになれない気がします。無理をして、母が気にしてもかわいそうだし。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お母様気弱に

悩ましいですね。
本来であればあなたの家庭を一番にとお答えするところですが、そういうわけにもいかないようです。
お母様は今気弱になっておられるご様子。普段ならばお子さんであるあなたのことにも気持ちが回るはずですが、今は自分の気持ちだけで精一杯なのでしょう。
四十九日まではお母様に心寄せたいのだと、ご家族に甘えてはいかがでしょう。
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両方をうまくやれるほど人間は器用ではありません。
どこかに甘えられる場所があってやり遂げることができるもの。
あなたにとってやり遂げることとはお母様の心に寄り添うこと。そしてご家族があなたにとっての甘えられる場所なのだと。

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有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

回答ありがとうございます。やはり今はそうしていいですよね、、
家族に相談して、もう少し母を元気づけてあげたいです。

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