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僧侶の成り方

回答数回答 2
有り難し有り難し 56

自分の苦悩を見つめてみると、大概、煩悩や愛情飢餓といったところに辿り着く気がしてます。

もう、いっそのこと、それらに強くなるために、自分も僧侶になりたいと思うようになりました。

ただし、お金もなければ、修行などは出来ない精神病状です。せいぜい勉強くらいしか出来ません。また、就労はしたいと思っています。

こんな自分でも、僧侶になる方法はありますか?ありましたら教えて下さい。自分でも少し調べはしましたが良くわかりませんでした。

2018年7月26日 13:28

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

【在家仏教】

”強くなるために、自分も僧侶になりたいと思うように”
なるほど。

”お金もなければ、修行などは出来ない精神病状です”
僧侶になるには、おそらくどの宗派でも多額の支度金がかかります。どちらの宗派も修行は命がけでしょうし、例えば浄土真宗のような皆が修行と聞いて思い浮かべるような荒々しいものはない宗派にせよ、その分あるいはそれ以上に精神的な負担は大きいものです。
あなたの現状では、現実的な話、これでは僧侶になるのはやめておいたほうがよいでしょう。

”せいぜい勉強くらいしか出来ません”
知識教養を身につけたいのなら、とりわけ僧侶になる必要はありません。
僧侶になってしまえば、自己の研鑽のみならず、儀式の執行と教法の宣布というまた別の重大な責任がのしかかってきます。

ところで、無理に僧侶にならなくても「仏弟子」にはなれますよ。
まずはそちらからアプローチしてみてはいかがでしょうか?もしかすると、一仏弟子としての求道生活を送るなかで、僧侶にならないかとお声がかかるご縁に恵まれるかもしれませんよ?

『維摩経』というお経の主人公の維摩詰、日本仏教の父・聖徳太子、私度僧だった入唐前の空海和尚、加古の教信沙弥、承元の法難後の親鸞、、、皆一様に歴史に名を残す名僧・高僧たちばかりだが、求道する仏弟子としてのアイデンティティーはあっても、必ずしも名実ともに職業僧侶だったわけじゃない。

2018年7月26日 16:44
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有り難し
おきもち

となりのトトロの世界のような山奥の田舎の小さな小さなお寺の住職をしています...

悩める人が、お坊さんです。お念仏の日暮らしを。

お坊さんになっても、それらの煩悩に強くなれるわけではありません。むしろ、煩悩を生み出し 抱えながらでしか生きられないのが、人間、この私であった と自覚するばかりなのですよ。
むやみに煩悩を燃やし、苦しむよりも、自己を深く見つめていく生き方が、僧侶かと思います。悩める人が、お坊さんです。

僧侶になるより、念仏者になる方がいいかと思います。仏法を聞き、仏さまの教えに生きる道を歩む。お念仏の日暮らしを。それなら、誰でも出来る道です。

僧籍を持つためには、学びや時間、費用、精神力も必要になり、なかなか難しい道のりですから。

追記。。。
気ままか〜 気ままで、お坊さんは務まりませんよ。人間が作る、人間社会の中で、お坊さんも生きていますから(^-^;
頑張って精進なさってくださいね。

2018年7月26日 14:08
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有り難し
おきもち

はじめまして(*^^*) 中田みえです。 住職として、中学生の息子の母親...

質問者からのお礼

転落院様、中田様、丁寧なご回答ありがとうございましたm(__)m
もっと気ままになれるものと思ってました。

「出家・得度・僧侶になりたい」問答一覧

僧職を続けるかどうかについて

お世話になっております。 私は30代の会社員男性なのですが、 僧職を続けるべきかどうか悩んでおります。 元々仏道に御縁を頂いたのも 義父が地方の小さな寺院の住職を務めており 「棚経とか、休みをつかってやれば謝礼を出すから、得度しませんか?」と 副業感覚でお誘い頂いたので、深く考えず了承したという お恥ずかしい限りのものでございます。 (特に髪の毛に拘りも無かったもので(笑)) その後、棚経だけのつもりが… ・正月の会で、お経と儀式をやらされる(会前日の晩にやる事を聞く) ・本寺の副住職の「住職襲名の式」での役を勝手に受けてくる。  (その役が大変重要な役で、袈裟を3回しか着た事がない上、  お経を知らない者が出来るようなものでないものだった) ・「住職襲名の式」での内容に関しても、式の内容と問答が  書かれた本のコピーを頂くのみだった。  (その後、副住職のお寺での打ち合わせで、作法や動きの面で  知らないことが多い事が発覚、急遽義父に改めてお寺での  練習を依頼する) ・「襲名の式」当日にも知らなかった「やるべき事」がある事が  発覚。youtube等で検索して何とか乗り切る。 ・また私への確認無しに仕事を受けてくる。  (これに関しては「会社の仕事の都合があるから容易に受諾  出来ない」として保留にしています) というような事があり、会社の仕事もある中で 時間・体力の面と、何より義父の『報連相』の無さに 「これは続けるのは無理だ!」と考えているのが現状でございます。 その内、義父が勝手に「住職の修業の予約を入れてきた」などと言ってきそうで恐ろしいです… また、家内も家を空ける事に不満があるようで (お寺が地方の為、大体の場合は日帰りは不可能) 「やらないで欲しい」と言っております。 反面、文化的・歴史的な事が好きで、僧の儀式等に嫌な思いはありません。 「襲名の式」でお世話になった新命和尚様や 同年代の先輩の僧の方々には、大変感謝しており 他所者兼「にわか坊主」の私を仲間として受け入れてくれ、 大きな気持ちで導いて下さった事への恩も感じております。 (本来であれば師匠である義父が行う役割ですが(苦笑)) 「御恩や興味」と「現実」の間でどうするべきか悩んでおります。 また、厳しいご意見でも有難いので、ご助言頂ければ幸いでございます。

有り難し有り難し 15
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