自分の無能と浅慮がただひたすらに許せない。現状を打破したい
私はもうすぐ二十歳を迎える大学生です。
バイトもここ1,2年しておらず、授業も全く肌に合わずボロボロと単位を落とし、周りが将来、夢、に向け奔走する只中 何もできずにつったっているだけの人間です。
つい先程、母と口論し勢いあまり自分の無能さを並べたてただ一方的に辛いと言いました。
「人生何も楽しくないし、熱中できることも将来もない 目標も持ったことがないし何かをなしたこともない。死にたい」
などとまくし立てると
「些細なことを積み上げるべきだ」
のようなことを言われ、死ぬ なんてことを軽く言うな とも言われました。
しかし、私はなにかに挑戦しようとすると途中で手が止まる人間で、実際それがあまりにも病的なもので、やらなきゃいけないもの、好きなものでさえ途中で手を止めてしまう、19年間同じことを繰り返し、再戦を恐れ挑戦をフイにする人間なのです。
何度か「障害」でも持っているのかと"逃げ道"を模索し それっぽいものを留めていたのですが、「自分は無能で障害かもしれない」と母に面と向かって言えるものか、とわずかばかりの理性とプライドで未だ抑えています。(姉は障害で常人のこなせることができずニートになっているのでなおのこと)
ひとしきり語ると母親が私に謝罪をし「ごめん、みんな子育てに失敗した。お母さんのせいだ」、「軽く親に"死ぬ"なんて言わないでくれ」と泣きながら言われました。
ただ自分が楽になりたいために吐き出したのですが、ちょうどここ最近 家族に内緒で私と連絡を取っているもう一人の姉(父との確執のため父母姉との面会を謝絶している)が、通話アプリで母に向かって「再会は無理だ」言い、その後私に内緒で「私は無理だけど、母を支えてやってくれ。私と長女(ニート)があれだから」と言っていたのを今になって思い出しました。
母にとっては私は縁だったのです。
また、高慢な身勝手でそれを断ち切った自身が憎くてたまりません。
例えるなら、かの山月記に出てきた「臆病な自尊心」という表現が心の中に巣食っていて、無駄なプライドゆえに教師 親 友人の誰にも相談することもできず(事実、このサイトすら相談するのに数ヶ月を要し今回の件で相談を決意した)、同時に自分は惨めな無能で李徴が取れたかもしれぬifすらない。
変わりたいけど変われない。親も泣かせる無気力社会不適合。
私はどうすればいいのですか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
物語に出会う。
もうちょっと、いい加減でも良いと思うのですが。。
まくし立てた。そうおっしゃっていますが
はたして
人生楽しくなきゃいけませんか?
もしくは
なぜ「熱中できることがなきゃいけないか」
「目標が無きゃいけないか」
「何かをなさにゃならんか」
「死にたいと思って何が悪いか」
納得いく答えはありますか?
「そんな問いをすること自体、負け組の発想だ。」と思って
考えないでフタをしていたら、ものすごい悪臭を放って数年後にやってくるかもしれません。
自分自身に対して本音を考えてこなかったツケってすごい恐ろしいんだと思うんです。
楽しまなきゃ、熱中しなきゃ、目標を立てなきゃって
大事なことはそれらなのでしょうか。
世には、とてもたくさんの物語があります。
悲しいお話。切ないお話。けれど勇気をもらうお話。
たくさんの美しい物語が、語られてきているのです。
中には残酷なのもある。でもほっと温まるそんなお話もある。
誰かを応援したくなるような、そんなお話もある。
たくさんあるけれど
人生楽しもう!熱中しよう!目標立てよう!なんて意図しかないおはなしが
美しいと思ったためしはありません。心に響くこともありません。
物語にならないでしょう?つまんないというか。
物語が人の心を動かすのは、本音と向き合って綴られたからだと思います。
そうせにゃならんのだ!!
と動いた心が自然とあなたをどこかへ向かわせるのだと、私は信じています。
ですから
「何を」目指すかは先に決めないでおきましょうよ。つまんなさそうだし。
それよりみじめでも何でも、いま阿吽さん自身の、現に心が動き始めていますから。
その心を動かしてくれるものに出会いましょう。
自分で作るのではなく、見つけてきてほしい。そして私たち多くの人々にも知らせてほしいのです。きっと景色が違って見えてくると思います。
私はそう願っています。
目の前のことに集中して
阿吽さん
お気持ち拝読しました。
色んな感情や思考が混在してるようですね。
「変わりたい」とも思っているように受け取りましたので、「私はどうすればいいのですか」という質問は
「変わる為にどう行動すればいい?」
という質問だと理解しました。
この質問に私から言えることは、すでにお母さまが言葉にしてくださっています。
「些細なことを積み上げるべきだ」という言葉を 言い換えてお伝えします。
「目の前のことに集中して、こなしてください」
私の推測ですが、あなたは考えすぎる癖があるのではないですか?
仏弟子の周利槃特はひたすら掃き掃除をすることを命じられ、その行為に没頭することで悟りを得られました。
考えても答えがでないときは、ひたすら行動をするのみです。
感情と、思考と、行動は相互に影響します。
まずは「やるべきこと」に没頭してください。明確な、課題のようなものが良いでしょう。
それがこなせたら、「やりたいこと」に没頭してください。できれば、自分も周りも笑顔になれることが良いでしょう。
これまで抱いてきた自己評価など、関係ありません。「挑戦」など大層なものを意識するのも、今はやめておきましょう。
没頭出来たら、ふと振り返ってその時の自分の感情を言葉にしてみましょう。
あなたが何に刺激を受けて、喜びを感じられるか。
今はそれをじっくり探す時期だと思いますよ?