感情の起伏が激しい
タイトル通りの悩みです。
感情の起伏が激しく、人と話をするのがとても楽しく感じる日もあれば、全く人と話したくない日もあります。
そういう日もあると友人には言われましたが、私の場合テンションの浮き沈みが日によって大きく変わり、低い時は一切口を開きたくないと感じます。
自分自身もこの性格が嫌ですし、いつも接してくれている人は困惑すると思います。こんなことで友だちを失いたくありません。手遅れになる前になにか改善したいと思うのですが、どのような心持ちで毎日を過ごせば良いのでしょう。もし、解決方法があるのであれば教えていただきたいです。
よろしくお願い致します。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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心持ちより行動で
こんにちは。「心持ち、心掛け」は、直接触るのは難しいですよね。それにコントロールされているのですから。
ただイメージとして捉えるならば、「馬に乗っているようなもの」としてはどうでしょうか。ある日は軽快に走り抜けるけれど、ある日は一歩も動いてくれない。
自身の心を客観視する。そうする事で、馬に振り回されないようになるのを目指しては如何でしょうか。
まずは、1日を振り返ってモニターする。文章にしてもいいですが、1日の終わりに1から10で「今日のテンションの高さ」を記録する。できたら「何が要素としてあり、今日のテンションだったのか?」を推測します。正解はすぐに分かりません。けれど、積もり積もってくると、「何が自分の気分に影響を与えているのか?」が見えてくる可能性があります。
もちろん1つではないでしょう。人間、そんな単純ではありませんよ。
そうして「馬の正体」が見えてくると、馬は馬として、自分の行動が自由になってきます。馬を何とかするのか、休ませるのか、あるいは降りて自分の足で行くか。
私たち浄土宗には、「初めに我が身の程を信じよ」という言葉があります。自分の状態を知ってこそ、無理のない行動が取れるというものです。
何となく充実している日も、無気力な日もあります。でも、それらの根っこを捕まえておくと、「で、どうする俺?」という問いが、改めて立てられるのです。
あとは。
他人との関係においては、「悪い、俺きょう何だかテンション低いわ。だからやめとく」と言っても良いのです。「これこれがあってテンション低いわ」の方が、周りも安心するでしょうけれど、それを言っても受け入れてくれるのが、友達だと思いますよ。
質問者からのお礼
返答ありがとうございます。
周りにテンションが低いことを言うべきか迷っていましたが、それを受け入れてくれるのも友だちという言葉が心に響きました。
急に思い立ったのですが、昨日から日記をつけようかと思ってつけ始めました。やはり自分を客観的に見るということがまず心をコントロールする第一歩だと信じ、コツコツと続けていこうと思います。
本当にありがとうございました。