お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

祖母の寿命について

数日前に祖母が搬送されました。
おととい、もう点滴のみの対応になるので、1週間~10日の余命と言われたそうです。
母からの話で、私はまだ会っておらず、明日、様子を見に行きますが、本当に死んでしまうのだろうかと思う位、頭はしっかりしていて、元気なようです。
心不全と肺が機能しておらず、食べられないから、点滴のみとなり、今は元気なのに、だんだんと衰弱して、精神も朦朧となり、終わりを迎えるしかないなんて。
あと、数年で100歳になる年齢なので、寝たきりにもならず、ボケもせず、私の息子、曾孫とも仲良く過ごし、客観的には、長生きで、楽しい人生で、迷惑もかけず、良かったじゃないとなるかもしれません。
離れて暮らしているので、結婚してからは年に多くて4度くらい、ここ数年は、年に2度帰省するくらいでした。
なので、亡くなり会えなくなっても毎日会っていたわけではないし。
でも、やはり考えたら涙が止まりません。まだ、元気なのに、生きているのに。
来月には居なくなってしまうかもしれない。もう会って話すことができない。
私は、おばあちゃん子でしたし、高校生の息子が小さいときに、おばあちゃんと過ごした日々を思い出しても、また涙が。
仕事でも、いろいろあり、体調もいまいちな時でしたが、更なるショックで、どう考えて、向き合って過ごしていったらいいか。
奇跡がおこらないか、祈ってしまいますが、この状態に対してアドバイスをお願いします。

死について
有り難し 17
回答 2

質問投稿日: 2018年8月9日 21:40

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

藤川 誠海

惜しまれながら

質問読ませていただきました。

大切な方が近いうちに亡くなってしまう・・・その絶望感と喪失感は大変なものがあると思います。
心中お察しいたします。

さて、LaLaさんも聞いたことがあるかとは思いますが、死は誰にでも平等に訪れます。

しかし、どのように死を迎えるか?それは平等ではありません。

最近になってよく経験することです。
どのような経験かと申しますと、年をとられた方(だいたい70才以上)で認知症にみまわれる方がいらっしゃいます。
認知症を発症した当初は、ご家族の方は「可哀想に、少しでも長生きしてもらおう」と頑張ろうとされる方は多くいらっしゃいます。
しかし、認知症が悪化し、家族のこともわからなくなって暴言を吐いたり、周りにたくさん迷惑をかけてしまう状態が長く続くと、ご家族の方は疲れ果ててしまいます。
そして、最悪の場合「早く死んでくれないかな」とさえ思ってしまうのです。

周りの方に惜しまれて亡くなる方もいらっしゃれば、疎まれながら亡くなる方もいる。
その違いは、その人の人生が反映されているのでしょうか。それとも前世の業に因るものでしょうか。
それはさておき、このような違いが存在するのが現実であります。

質問を読ませていただいた範囲においては、LaLaさんのご祖母様は惜しまれながら逝かれようとされています。
これはとても素晴らしいことです。

そうは言っても、悲しい気持ちは自然と湧いてくるでしょう。
人が亡くなるに際して湧いてくる悲しい気持ちは、感謝の気持ちの裏返しです。
ですので、LaLaさんから湧いてくる悲しみは、あふれ出す感謝の気持ちでもあるのです。

まだ頭はしっかりされていらっしゃるとのことですので、お会いになられたときにその感謝の気持ちを、しっかりと余すことなく伝えてあげて下さい。
LaLaさんが後に「伝え忘れた」と後悔することのないよう、言いたいことを全て書き出しておいてもいいと思います。

最後に、これだけは忘れないで下さい!
惜しまれながら逝かれる方は、本当に幸せな方だということを。

1年前

祖母様が長生きしますように。
もし命が終わっても、浄土かどこかの地でまた巡り会いますように。
それまで見守ってくれますように。
もし可能なら会いに行ってあげてくださいね。
気が動転して交通事故とか起こさないように気をつけてくださいね。

1年前

質問者からの有り難し - お礼

三宅様
ありがとうございます。
車で2時間半…向かおうとしましたが、気が動転する事を考えると危険なので、電車で向かっています。
明日、祖母に会ってきます。

誠海様
祖母は人生全てを考えたら、いろいろあり幸せとも言えないかもしれませんが、少なくとも今は幸せだとは思います。
伝えたいことはありますが、祖母は、体は数ヵ月で治り、また元のように過ごせると思っているので、なにせ頭がしっかりしているので、余命について感づかれてしまっても。
また私も、涙してしまってはと。
正直、誠海さんの文章を読んでも、昨夜、泣いてしまいました。
まったく、気持ちが落ち着けず、仕事中は考えないように過ごしました。

「大切な人が危篤・余命宣告」問答一覧

「大切な人が危篤・余命宣告」問答一覧をすべて見る
関連する問答
このページの先頭へ