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友人の妊娠を羨んでしまいます

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有り難し有り難し 25

友人:高校からの友人、結婚1年目、1度の流産の後すぐ妊娠して今5ヵ月

私:結婚6年目、2度の流産死産を経験

友人は前回も今回の妊娠もすぐに教えてくれました。
その時は確かに心から「おめでとう!良かったね!」と思えたし涙がでるほど喜びました。
しかし、月数が重なるにつれ「つわりがひどくて辛い」「お腹が大きくなってきて大変」ということをメールや電話で直接言われることもあり、Twitterなどで発言しているのを見聞きしているうちに「なぜ私が流産していることも子供を望んでいることも知っているのにそんな事を言ってくるのだろう」と思うようになってしまいました。
妊娠中の心身の辛さも解るのですが、正直今の私にはその辛さすら羨ましいものでしかありません。

他の友人がやんわり言ってくれたようですが伝わらなかったと言われました。

Twitter等は不必要に見ないようにしているのですが、メールや電話を拒否してしまったり直接強い言葉で伝えるのは本意ではありません。

友人の妊娠を、そしてこれから生まれてくる赤ちゃんを心から祝福したいのに「羨ましい」という気持ちが邪魔をしてしまいます。
浅ましい心が恥ずかしいです。
どのようにこの心を変えることができるでしょうか?
ご助言いただけますようお願いします。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

赤ちゃんは待っている

赤ちゃんはもうあなたを待っています。
自分にふさわしいお母さんになってくれるときを。

あなたの心はすべてあなたを待っている赤ちゃんのものです。
まだ見ぬ我が子にあなたが注ぐ心だけが、赤ちゃんの命綱なのです。
その綱をちゃんと持っていましょうね。その綱に掴まりながら、
お母さん、あなたが引っ張ってくれるのを待っているのです。
あなただけが頼りなんですよ。

他にうつつを抜かす暇はありません。
さ、赤ちゃんに背を向けるはやめて振り返りましょう。

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有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

ありがとうございます
考えてみれば自身の体調不良や経済的な問題を友人に心の中で八つ当たりしていることに気づきました
全部私自身の問題です
先日、病院で今後の妊娠に向けて本格的な治療が必要だと言われました
今はまだ冷静な気持ちにはなれませんがいつか子供を授かることが出来るよう頑張りたいです

ありがとうございました

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