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宗派について

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13宗派は本当に仏教の教えに沿っていますか?

2018年9月1日 9:09

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

実践こそ

青空さんはじめまして!
ご質問読ませて頂きました!

本当に仏説(お釈迦さまがお説きになった)かどうか?という事でしょうか?

大乗仏教は仏説ではない。お釈迦さまの仏説は原始仏教だけである。という考え方があります。
仏教の捉え方は人それぞれで結構ですが、
私はお釈迦さまに直接お会いして話を聞いたことでない限り原始仏教とて100%仏説とは言える証拠にはならないと思います。

大乗も原始仏教もどちらも古い経典を拠り所にしているわけで、昨日おとといお釈迦さまから聞いてきた。という人がいない限りどれが仏説でどれが仏説でない。
と議論をすることに私はあまり意味を見出せません。

そんなことは偉い学者さんに任せておけばいいでしょう。

仏教は宗教です。

宗教は学問ではありません。

実践と救いです。

いくら勉強して、真の仏説が〇〇経だ!とわかったとして、その知識に救われるのでしょうか?
辛い現実、悩み、苦しみ等に置かれた時救ってくれるのでしょうか?

13宗派にはたくさんの仏道修行という名の実践があります。

いくら自転車の乗り方を考え、想像しても一向に乗れません。それより乗れなくても、転んでも、乗ろうと実践していれば乗れるようになる。

それと同じ理屈の実践が仏教にはたくさんあるわけです。

どれでもいいから、どれかを続ける。

私は南無阿弥陀仏。
と阿弥陀仏という仏さまの名をすべておまかせしときます。という思いで呼ぶ実践を続けています。

つらいとき、悲しいとき、嬉しいとき、いろんな時がありますが続けています。
そしたら見えることがあるんです。
感じる世界があるんです。
安らぎがあるんです。

それは体感するものです。
頭であれこれ理屈をこねて、得られるものではありません。
いや、理屈をこねるほどに遠のいていくものです。

だから実践があります。

仏教は頭で理解するものではないのです。

まとまりの悪い回答になり、申し訳ないです。

2018年9月1日 12:26
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有り難し
おきもち

仏教ってすごい。 お念仏ってありがたい。 学問でない仏教、理屈じゃ...

何が本当の仏教か?

読ませていただきました。

十三宗五十六派とは戦中の宗教団体法による宗派合同前の伝統仏教の宗派をいい、その前には
十宗がありその前は八宗でその前は六宗でしたが、とりあえず日本の伝統仏教の総称という
ことでよろしいでしょうか?

日本の伝統仏教が本当に仏教かとの問いですが、「本当の仏教」というのがひっかかりますね。日本の伝統仏教は三国伝来(さんごくでんらい)といい、インド中国日本と伝えられてきたのものです。その間にいろいろ変化したとはいえ、それでも仏教精神があれば、それは仏教なのです。

2018年9月1日 10:16
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有り難し
おきもち

浄土宗僧侶ですが、時宗の一遍上人と同じころ活躍した一向上人の流れです。宗門...

仏教とは仏の教え、さらに言えば、仏に成りなさい、という教えです。
全ての宗派のことを学んでいないので分かりませんが、仏に成るということを目的としているなら、それは仏教に沿っていると思います。

2018年9月1日 14:43
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有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんをしています。 なかなか良い回答はできませんが、少しで...

質問者からのお礼

自分の素朴な疑問に、答えていただき本当にありがとうございます。この回答を受けてなにか仏教に関することを実践してみます。本当にありがとうございました。

「仏教宗派について」問答一覧

仏教に様々な宗派がある理由

いつも拝見し、様々な方のご質問やお坊さん方のご回答を読ませていただいては多くを学ばせていただいており、ありがとうございます。 初めて勇気を出して質問させていただきます。。。 少しずつ本を読んだり話を聞かせたいただいていますが、まだまだ初心者です。 本来ならばいずれかの宗派に特化して学ぶべきなのでしょうが、まだそこまで絞れておりません。 少し学んだレベルなのですが、自力の仏教も他力の仏教も頷かされることが多々あります。 どちらの仏教も並立するんやないかなと思うこともあるくらいなのですが、他方、それぞれで相反する考え方もあります。お経さんでも同じです。 元はお釈迦様から始まった同じ根っこなのに何故なんやろう…と不思議でした。 これは、対機説法、応病与薬が具現化した結果だと理解するべきものなのでしょうか? そうであるとするならば… 浄土真宗では、煩悩はなくならず、自力では決して救われず、悟ることはできないと聞かせていただいています。 他方、禅宗では、煩悩を減らして行き修行を重ね悟りに至ることを目指すものと認識しています。 ということは、人それぞれによって(対機)、自力で救われる人もいれば他力で救われる人もいる、 煩悩のままで救われる人もあれば、煩悩を減らして(なくして)救われる人もいるということでしょうか。 どの様な人に、どの様な説法=教えが適切なのでしょう⁇⁇ 屁理屈の様な、ド素人の、アホな質問で大変恐縮ですがご教示頂けますと有難いです。 もしかして過去にどなたかが似た様な質問をされて回答がある様でしたら申し訳ありません。 宜しくお願いいたします。

有り難し有り難し 35
回答数回答 3

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