回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
どんな命も、どんな最期も、
阿弥陀さまは、見離しはしない。
死んで終わる命じゃない。
願われ救われていく命だと、阿弥陀さまが、おっしゃっていますよ。
私が救うと。まかせよと。
阿弥陀さまを、たよりにしませんか。
いつの日か、阿弥陀さまの お浄土で、あの子に会うために。
阿弥陀さまの願いを、一緒に称えましょう。
南無阿弥陀仏 なもあみだぶつ と。
あなたのそばに、今も こうして、一緒ですよ。
手を合わせる、そのそばに。
御命日に。私も手を合わせます。
これからも、ずっと親子なのだからね。
命って なんなのでしょう、、、
ずっと考えています
命がある限り
仏様に問い続けるのだと思っています
今日は、何もしない命日ではなく
今日も、ゆっくりと
娘様を憶う命日なのでしょうね
娘様のこと
少し一緒に思いを寄せたいと存じます
合掌させて頂きますね
合掌
拝読させて頂きました。
命とはつながりです。ご縁です。
あなたと娘さんはいつどこにいても、これからもずっとつながっていらっしゃるのです。
娘さんはあなたをいつもいつまでも見守っていてくださいます。
あなたに寄り添い励まし支えていてくださいます。
いつの日かあなたがその天寿を全うなさるとき仏様があなたをお導きなさってくださり娘さんはあなたを迎えてくださいます。
どうぞこれからも娘さんと共にあなたの人生を生き抜いてくださいね。
仏様も娘さんもいつもあなたと一緒ですからね。
南無阿弥陀仏 至心合掌
いつもあなたを見守っていらっしゃるでしょうからどうかあなたの感想を沢山ストックしていてくださいね!
積もる話も盛りだくさんになさってくださいね!
中田様、ご回答ありがとうございました。
今もそばにいてくれてると
信じているのですが
それでも、生前の娘に
会いたいと願ってしまいます。
来週、命日です。
毎日話しかけていますが、
やっぱり命日は特別に感じます。
家族で手を合わせようと思います。
中川様、ご回答ありがとうございました。
娘のことがなければ
「命」のことなど、考えもしませんでした。
私もこれからずっと、考えるでしょう。
命ってなんなのか。
kousyo kuuyo Azuma様、ご回答ありがとうございました。
私の寿命が尽きる日、娘に会えたら
話す事がいっぱいあります。
その日が待ち遠しいです。
長生きはしたくないですが
途中で棄権するわけにはいきません。
土産話を増やすつもりで
生き抜きたいと思います。