さわる仏の効果について
京都を観光していたときに、ねねの道で布袋のさわる仏像がありました。
見た目がとてもかわいくて、さわってみたところ、胸の中の心が、だれかの手で下からふわっと持ち上げられられた気がして、とても気持ちよかったです。それから、心ってここにあるんだと気が付いて驚きました。
霊とか神秘的なものをあまり信じないのですが、ちょっと不思議な経験でした
これは何か効果があったのでしょうか。
また、このような不思議な経験をしたことがあれば、ぜひ教えてください。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
「スーパーセンス」というものがあるそうです・・・。
ある本で「スーパーセンス」について知りました。
イギリスで、この本の著者が講演会をしました。使い古しの万年筆を出して「これはアインシュタイン博士が使っていたものです。触ってみたい人、手をあげて下さい」・・・多くの人が手を上げました。
次に、ヨレヨレのカーディガンを出して、「これを着てみたい人」と言うと、かなりの人が手を上げました。
そして「実は・・・」といって、殺人鬼と言われていた有名な人の写真を出し、「この人が着ていたものです」・・・。みんな手を下ろしました・・・(笑)。これは実話だそうです。(ちなみに、実際は兩方の品物とも偽物なのですが・・・)
つまり、人間には「理屈(科学)では語れない(説明できない)感情・感覚」がある、ということでしょう。
〈胸の中の心が、だれかの手で下からふわっと持ち上げられられた気がして、とても気持ちよかったです〉・・・あなたの心の中の「優しさ」が現れたのでは・・・と、思います。
小生もよく似た経験がありますし、誰にでもあるのではないでしょうか・・・?。どうか、これからも「素直な気持ち」で、触ったり(もちろん触ってもいい仏様ですよ…)、合掌して拝んだりして下さい。合掌
信仰とは気持ちいいこと
さとうさん、はじめまして。質問を拝読しました。
さとうさんはさわる仏様に触れ、胸の中の心が下からふわっと持ち上げられられたように感じ、気持ちよかったのですね。そして「心ってここにあるんだ」と気が付いたのですね。
仏教でも何でもそうですが、信仰とは気持ちいいことなのです。私は優しくなれることと理解しています。きっかけはさわる仏さまであったり、法話であったり、仏像であったりします。どれにしても気持ちがいいことでリピートし、信仰は深まっていくのです。理屈ではありません。
そして、「こころがここにある」とさとうさんは気がつきましたね。
気がつくことは仏教の第一歩です。
さとうさんは仏教の第一歩を踏み出したのです。ゆるゆると仏教を楽しんでください。