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供養をすれば プラスのカルマになりますか?

こんばんは いつも お世話になります。 供養についてお聴きしたいのです。 私は 少しばかり人様世間様に対して引け目に感じるところが あります。 しかし 生きていくために仕方がないところです。 ただ 何か罪滅ぼしがしたいと思い 死んだ身内を神道式のやり方で供養してます。こんなことをしたって焼け石に水だと思うのですが
私が 誰かに尽くせることってこれくらいしかないので 今はこれを重点的にやってます。

供養
有り難し 10
回答 3

質問投稿日: 2018年10月1日 18:18

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

鳳林寺

光禪

自分のためにやる行動は自分のためにならない

拝む姿は立派ではありますが、それだけではただの自己満足です。人様世間様の役に立つような事をする事こそが、大切な事だと思います。ただしこれも、自分のためにやっては自己満足となります。自分はさておき、見返りは求めず、ひたすらに他人様の役に立つ行動をする事が大切なのです。

2ヶ月前

「菩提心」

のりよし様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「供養をすればプラスのカルマになりますか?」・・

達磨大師であれば、「無功徳」とお答えになられるでしょうが、しかし、そのように考えてモチベーションを保って頂いても全然構わないものであると拙生は存じております。

実際に、拙生も毎日勤行(チベット密教無上瑜伽タントラの日常勤行も含めて)を行っておりますが、当然に、プラスのカルマになると思って努めさせて頂いております。

問題は、その供養、功徳は、何のためか、というところであります。

それが、自分だけのため、自分の先祖・身内だけのため、というものであるならば、さほどプラスにはならないところとなります。

しかし、その供養、功徳を皆のため、全ての一切衆生・有情のため、として行うのであれば、プラスになっていくものになると考えるところとなります。

ですので、供養も功徳も、それは皆が救われるために(もちろん、敵味方関係なく、嫌いな者も含めて)と心掛けて行うことが大切となるところであります。

もし宜しければ、仏教における「菩提心」というものについて学ばれて頂きまして、神道式におかれましても、その心にて、供養、功徳をして頂けますと大変に有り難く尊いことになるのではないだろうかと存じます。

川口英俊 合掌

2ヶ月前

供養とはいつまでも忘れないこと

のりよしさん、はじめまして。質問を拝読しました。

のりよしさんは引け目を感じることがあり、罪滅ぼしのために亡くなった身内の方を供養しておられるのですね。

供養とはそもそも何でしょうか。
自分のため? 罪滅ぼしのため?

私は供養とはいつまでも故人を忘れないことです。懺悔のためではありません。
供養で故人に対する恩が深まることはあっても、のりよしさんの懺悔ができるわけではありません。供養と自身の懺悔は別ものであると考えてください。

のりよしさんは懺悔をしたいのでしょうか。
空海は、「間違ったらすぐにやり直せ」と言いました。どんなに立派な聖人でも失敗することはあり、どんなに美しい宝石にも小さな傷はあるものだ。自分が間違ったと気がついたときにすぐに改められるかどうかが大事であり、道に迷ってもすぐに引き返せば傷口は広がらないものです。
引き返したり、改めたりする勇気を持ちたいものです。

2ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

光禪和尚回答ありがとうございました

中村太釈 和尚 回答ありがとうございました

川口 英俊 和尚回答ありがとうございました

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