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お肉についてお坊さんに聞くのが怖いのですが…

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勇気を持って質問します。

世界の人達は対象である生き物を殺してお肉を食べています。

仏教のお坊さんは、生き物を殺さずベジタリアン派で生活をしていますよね。
勿論、生き物を殺す事を殺生と言います。
私は必ず虫を殺さないようにしています、ティッシュ等で虫を優しく乗せて外に逃がしています。

勇気を持って……ここからが本題です。

世界でお肉を食べる理由は幾つかあるのですが、まず人口増加です。
世界には爆発的に人口が増えて国際で問題になっています。となると、菜食だけで食べる事は難しそうです。

次に、伝統です。
世界には伝統があって伝統を守り、お肉を使う事があります。

次は、アマゾン川の部族です。
海外にあるアマゾン川のどこかに部族がいます。その部族の生活は菜食は勿論、生き物を殺してお肉を食べています。どうしようもない部族です。

他にもまだあるのですが、世界にはどうしてもお肉を食べないと生活が出来ないようになっています。

この事をお坊さんはどう考えていますか?
聞くのが怖いです…

私はお肉を食べる時は、食前に「申し訳ありません、その命を頂きます。」と言うようにしてから食べています。

2018年10月2日 7:51

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

どんどんご質問下さい

よくある質問ですから怖がらなくて大丈夫ですよ。ちょっと固定概念を壊させていただくだけです(笑)

仏教の肉食は誤解だらけです。お釈迦さまは肉を食べていました。南伝涅槃経ではお釈迦さまは茸ではなく豚肉を食べて亡くなっています。「托鉢で得たものにケチを付けるな」というのが本来です。
正直バブル期に「お坊さんは肉食しないから偉い!」と言っていた事の方がはるかに黒歴史です。

私は東南アジアで上座部の出家をしましたが、各種肉もハチの幼虫もイナゴみたいなやつも貝も出てきましたよ。ただし、お坊さんがと殺に関わるのは絶対にN.G.です。お坊さんのために絞められた肉ではないというのが条件です。だから余り物を頂いたり、不特定多数のためのお店の肉を食べるのは全く問題ありません。

日本の肉食禁止は中国の律令に倣い、奈良時代の『養老律令』「僧尼令」で規定されました。つまり仏教の戒律ではなく、国の法律を守らせることで僧侶を国家権力の管理下に置いたんですね。公度僧という制度です。
それに江戸期はお坊さんが肉を食べないのではなく、日本人みんな四つ足を食べなかったんですよ。

さて、ここからがぜひ皆さんに知っていただきことですが、
仏教の不殺生とは死なせたという『結果の禁止』ではなく、死なせてやろう!傷付けてやろう!という『害意の禁止』です。
そうした時に、「どこどこの人たちは生き物を殺してお肉を食べています。どうしようもない部族です。」と見做し、軽蔑するその心も害意であり、殺生の一端なんです。そのような敵意が巡り巡って膨らんでいくと、最終的に戦争のような巨大な殺生へと収束します。
仏教を粗探しの採点基準に使ってはいけません。仏教は常に智慧と慈悲を養う路線で学ばねばなりません。

そして、この世界は「思い通りにならないことだらけ」です。それを『一切皆苦』と言います。これは裏返して言うと、「いつも自分基準で思い通りにしてやろうとし、文句を言っている自分の我儘にこそ気付きなさい」という教えです。

これが仏教です。

2018年10月2日 9:20
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おきもち

曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...

殺生せざるを得ない人々

ご質問を拝読させて頂きました。
少し補足させて頂くと、確かに仏教では殺生を禁じていますが、世の中には漁師や猟師など殺生を生業にされている方々もいらっしゃいます。
実際に、私が住職をしているお寺の檀家さんにも多く漁師の方々がいらっしゃいます。
決して、道楽や趣味でしているわけでは勿論ありません。
生きるためにされているのです。
加えて、それぞれ畑を耕したり、米を作って生計を成り立たせておられます。
こういう現実があります。

アマゾン川に住む部族がどのような経緯で生き物を殺しているのか分かりませんが、世の中には生きるために殺生せざるを得ない人々が過去も現在も存在することを理解しないといけないのではないでしょうか。

2018年10月2日 11:19
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有り難し
おきもち

臨済宗寺院の住職です。皆様の良き御縁となる事が出来れば幸いです。

生き物を殺してはならない、という教えは人間や動物や虫に限ったことではありません。草木や野菜などの植物も殺してはならないのです。
ですからお釈迦様は食べ物を托鉢だけに限定しました。木になる実をとって食べることも禁じていたのです。
しかし、それは修行している僧侶なら可能かもしれませんが、そうでない一般の人達にはできることではありません。
浄土宗の宗祖法然上人は、どうすれば一般の人達も修行して悟りに近づくことができるのか何度も経典を読み直し考えに考えました。
そして見つけた結論が、阿弥陀仏を信じて極楽浄土に往生するという教えです。
現世においては各自ができる範囲で修行しながら極楽浄土を願って念仏をお唱えする。
命が終わった後で極楽浄土に連れて行ってもらい、さらに修行をする事で悟りに至る、つまり仏様になるのです。
ですから、浄土宗においては、戒律は各自できる範囲で努める、そして何より、念仏をお唱えできる生き方をする、ということを大切にしています。
植物を含めて生き物を殺さずに念仏をお唱えできるならそれでいいし、殺さなければならないならせめて最小限にとどめ、命に感謝して生きるということが大切だと思っております。
南無阿弥陀仏

2018年10月2日 13:18
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私は浄土宗の坊さんをしています。 なかなか良い回答はできませんが、少しで...

輪廻転生から解脱すればよい

輪廻転生する生きものの世界では、殺生したり肉食したりは避けにくいですね。
だからこそ、輪廻転生から解脱する方がよいのです。
殺し殺される世界、一般的な生物の世界から解放されれば、肉食の必要がなくなります。

そのためには、仏教を学び修行する必要があります。

2018年10月2日 12:57
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おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

質問者からのお礼

お坊様方、回答をありがとうございます。殺生について色んな説明がありましたが、勉強になりました。もっと殺生や仏教の教えを勉強します。

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納得のいかない法話

質問させていただきます。 回答しづらければ、スルーでお願いします。 母の四十九日法要の和尚さんの法話でのことです。 「亡くなった人はどこへ行くか?」と和尚さんは私の甥に尋ねました。 小学生の甥は、「心の中」と答えました。 それは、亡くなった母が教えたことです。 母は「自分が死んでも、いつも見守ってるから」という意味で、生前、そのように話したのだと思います。 が、その和尚さんは、それを完全否定しました。 人は死んだら「無」になる、と。 何もなくなる、心の中ということはない、と。 実際に仏教でどのように考えられているかは知りません。 和尚さんが仰ることが正しいのかもしれません。 ですが、そこはあえて否定する必要があるのでしょうか? マチガイハ タダスベキということですか? 甥だって大人になるにつれ、母の言葉の意味は理解するだろうし、何より母の法要で母を否定されたような気がして、何とも言えない気持ちになりました。(「黙れクソ坊主がっ!」と思ったことは内緒です) また、その話の流れで、ホームレスは人間のクズだから地獄に堕ちるという話をされました。 いや、ちょっと待て! 人は死んだら無になるんじゃなかったのか? 無になったら、地獄も何もないのではないか? それとも、ソレとコレとは違うとでも言うのだろうか? それより、ホームレスが人間のクズとはどういうことなのか!? それが仏教なのか? 和尚さんの偏見ではないのか? 和尚さんに対しての怒りの感情と、母に対して申し訳ない思いと… お前が地獄に堕ちろ!とマジ思いました… ホームレスの方達に炊き出しをするボランティアをしていたので、色々と思うところがありました。 もう数年前のことですし、そのことを引きずって悩んでいる訳ではありません。 過去のことに上書きすることはできませんし、それはソレで、そういう事実があった、でよいです。 ただ、その本当のところが知りたいです。 数年前のことを、なぜ今、このタイミングで?と思われるかもしれませんが、今まで聞く人がいなかったからです。 hasunohaのサイトを最近知りました。(遅っ!) よろしくお願いいたします。

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住職と檀家

はじめまして、翔太郎と申します。お恥ずかしながら、48歳のここに至るまで、菩提寺が真言宗豊山派だということを深く考えずに生きてきました。 しかし、父親が亡くなったら寿命が尽きるまで、わたしが菩提を弔わなければなりません。 となれば、わたしは豊山派の檀家として、それ相応の作法を身に付けたいと思いました。 残念ながら、13年前に亡くなった母親は、ひどい精神疾患でした。兄にもわたしにも、その血は流れているようで、わたし自身、精神障害者手帳3級です。父親は精神疾患というものを本当には理解できないようで、今の状態のわたしにひどい言葉を言うこともあります。それでも晩年の母親に随分と暴言を吐かれながらも看病し、時に惨めな思いをしたこともある姿を近くで見ていた実の息子としては、亡くなった時、菩提寺で手厚く葬ってやりたいと思い。きちんとした檀家の作法を身に付けたいと思いました。 まずは、真言宗の開祖であるお大師様の時代からの仏教の歴史を調べ、なぜ、高野山から別れる形で豊山派ができたのか調べ、母親の戒名が飾られてから、線香をあげなくなった仏壇に線香をあげるようにしました。 次に檀家は正式には、毎日、仏壇の前でどのようなお経を唱えるべきか、菩提寺のご住職に電話で尋ねようとしたのですが、ここから流れが少しずつおかしくなって行きます。 たまにご住職が電話に出ても、これから外出するところで、話をしている余裕がない。キャッチホンが鳴ったので、またかけてもらえますかの繰り返しです。忙しいのは事実のようで、息も荒く疲れ切ってるのが伝わってきます。後日、父親から茨城県で三人しか選ばれない議員に選ばれたと伝聞で聞き、どういう事情でそこまで忙しいのか、今度こそ聞こうと思い、電話をかけたところ、今度は息子さんが出ました。副住職をされているそうです。初耳でした。ご住職が忙しいなら、電話を取った時、息子が副住職をしているので、そちらに聞いてもらえないかと言って欲しかったのですが、それは言ってもらえず、息子さんに檀家の作法をお聞きしました。ちなみに宗会議員になると、檀家の相手をする必要がないくらい忙しいものですか?僧階は2級の権野大僧正だそうですが、それくらい偉くなると、檀家の話などまともに聞く必要もなくなるものですか。わたしが傲慢な考えを持っているようでしたら、分かりやすく注意していただけると助かります。

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