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なぜか一つに決められないんですが・・・・

離婚を機に 落ち込んでいたり 将来の不安になっていたんですが、朝の説法という番組で救われて 仏教に興味を持ち出しまして一年 坐禅やったり 護摩滝行やったり 読経したり 写経したり と毎週 どこかの寺院にいっては色々とやっているんです。ただ ここで少し疑問におもったんですが、滝や護摩は真言宗 坐禅は曹洞宗 臨済宗と 宗派も違えば お寺も7つぐらいを グルグルまわっているんです。(私の地元の青梅は古い寺院がとっても多いんです) 多分 私は仏教が好きでお寺が好き 尚且つ好奇心旺盛で一つに決められないんです。ただこの一年 振り返ってみて荒行やったり色々とあったが 果たして私は どこと深く付き合ってきたんだろうか?どの宗派の教えが自分のあったものか?などなど 色々と自分自身に疑問をもちました。みなさん宗派を決めたりした理由はなんでしょうか?私はミーハーなんで 空海って映画 禅って映画で この二つの宗派を特に力いれてます。あとこんなにあっちこっち行きまくっている人を住職はよくおもわないですよね?なにもいってこないんですけど

行事・座禅・お経
有り難し 58
回答 4

質問投稿日: 2013年12月5日 11:49

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

まつくん さん

こんにちは。
私も お寺が好きですし、お城なんかの 歴史的建造物にも、惹かれます。
時代を越え、そこに存在する 大きな力や、深い想いを感じて、何宗だ、何派だ なんて関係なく、なんだか ゾクゾクしたり、不思議と落ち着いたりするんですよね(*^_^*)

ただ、いろんな仏教を たくさん知って、深めていけばいくほど、自分が救われていくというものでも、ないような気がしますよ〜。求めても 求めても、見えてくるのは、私の深い闇であったりするのです。
お坊さんも、他宗派を学ばれるでしょう。もちろん私もそうですし、大事なことでもありますが。全体を見ることによって、この私が どこに立ち、どちらへ歩むのか、知るためなのだと思っています。
どの教えも素晴らしく、間違いはありません。
でも、いろんなものを まんべんなく信仰という形より、まつくん さんが 本当に拠り所となるものに出遇う ご縁に繋がれば嬉しいなと思います◎

4年10ヶ月前

あれこれやっても結局、益なし(ホント)

あなたが仏道業界にあれこれ求めて結果として最終的にあなたが「どうなる事」が仏道の完成であるとお考えでしょうか。
A坐禅を永くできることでしょうか、
B滝に打たれて平然としていられることでしょうか、
C写経を一字一句間違えずに綺麗に書写することでしょうか、
D読経をして、その功徳にあずかることでしょうか。
今のあなたのままですと、おそらく、それらを全部やっても、それらが❝上手❞になるだけで終わります。別に黒帯も段位もありません。

※超重要※
※おそらくあなたは、仏道修行をするという事を、読経や写経、荒行、坐禅など❝仏道修行らしいことをすること❞だと誤解されておられる※のであろうと思います。

多くの一般人、マスコミ、僧侶でさえも、仏道とは念仏行、写経行、坐禅行…のように◎◎行というものを行ずることが仏道修行であると、思ってしまうのですが、実はそうではありません。
実はある事を誤解したままですと、何をやっても全部、間違いになります。
以前も紹介しましたが、お遍路さんから帰ってきた途端に夫婦ゲンカ、坐禅会、写経会から帰ってきた途端にイライラでは何のための仏道修行なのでしょうか。

鎌倉時代の名僧、道元は、「仏道をならうというは、自己をならうなり、自己をならうというは自己をわするるなり、自己をわするるというは、自己の心身および他己の心身をして脱落せしむるなり」
簡単に言うと「仏道は、自己をならう道であり、自己をわすれ、自分と世界とが等しく融和することを主眼とする道」(意訳)であると説いておられます。

もっと簡単に言うと「自分を究める道である仏道とは、自分意識をポインチョし尽くして、こちら自分側ではなく、目の前の事実の外側から、悟りを与えてもらう世界」です。
この故に、仏道は❝てならいごと❞ではありません。
日常、盛んに働かせている自分じぶんジブン、オレオレ、マイマイした自分意識、自分濃度を下げ、自分を運ばず、外から❝悟らさせてゆく❞道なのです。
この事を念頭に置かれれば、何をなさるにしてもきっと菩提が成就することでありましょう。
多くの方が、この点を誤解されておられますので、あえて遅ればせながら回答させて頂きました。(^o^)

4年9ヶ月前

ハシゴOK(…と思います)

まつくんさま。
なごみ庵の浦上哲也と申します、よろしくお願いします。

ご覧になっていたテレビは、テレビ朝日の「きょうの説法」というコーナーでしょうか。hasunohaの中では、増田俊康さん、和田隆恩さん、西原龍哉さん、あと私が出演させて頂いていましたが、残念ながら今年9月で番組が終了してしまいました。
もしこの番組でしたら、30歳代という若い方がご覧になり、少しでも気持ちが救われ、そして仏教に興味を抱いて頂いたことを、とても嬉しく思います。

さて、「一つに決められない」とのことですが、特に問題は無いと思います。宗派は違えど「仏教」という魅力あるものに出会えたのですから、お寺や宗派を超えて様々な体験をされて良いのではないでしょうか。

私は、実家は一般家庭ですが、親戚が浄土真宗のお寺で、その縁で僧侶になりました。
でも機会があれば、他宗派の教義を学んだり、修行を経験したりしています。たとえれば、本籍地である日本を大切に思っているけれど、色々な国に興味があって旅行してみたいと思う、という感じでしょうか。最近では、それぞれの宗派の魅力や考え方もわかるようになってきました。

7つほどのお寺を回っている、いいじゃないですか。各お寺のご住職も、仏教に何の関心も持ってくれない方より、まつくんさんのような熱心な方を好意的に見ていると思います。

4年10ヶ月前

八万四千の法門

まつくん様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

拙生におきましても、あまり宗旨宗派で分けて仏教を捉えようとはせずに、まずはできるだけ総合的に仏教の学び進めることに鋭意精進努力中でございます。

仏教、お寺がお好きとのことで、誠に尊く、有り難いことでございます。

この一年において色々と学ばれて、体験なされての中で、もちろん、今はまだ一つにお決めになられなくても全く構わないかとは存じます。

とにかくお釈迦様の教えは、八万四千の法門があると例えられておりますように、人々の迷い苦しみに応じて、巧みなる方便により説かれたものであると言われています。まさに六十億人いれば、六十億通りの迷い苦しみがあり、それに応じた教えがあってもおかしくないことでございます。

その中で、まつくん様にとって合う教えもあれば、合わない教えもあるでしょうし、その時々の時期や環境、心境の状態、学びの進め具合などによっても、合う、合わないも出てくるのではないかと存じます。

そのため、まずはどのような教えがあるのか、各宗旨宗派の教えを総合的に学ばれて、その上で自分に合う教えを見い出されていかれるのも宜しいかと存じますし、また、「ご縁」としての「仏縁」も一つ一つ大切になさられた上にてお考えになられるのも良いかとは思います。

そして、先にては、自分の迷い苦しみを対治するためだけということではなくて、多くの他の迷い苦しみにある者たちのためにとして、仏道を学び歩まれていかれることとなりましたら、誠にこの上ない善いことになるのではないかとは存じております。

御礼を拝見いたしまして・・十善戒、守るのは難しいですが、とにかく諦めずに守ろうと努力することが、まず何よりも大切です。拙生ももちろんまだまだです。とにかく、他に迷惑を掛けないという善い行いと他の役に立つ、他を利する善い行いの二通りを実践していけるようにしっかりと調えて参りたいものでございます。是非、共に頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

4年10ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

増田俊康さんのところで年末奉仕にいきます。なんと吉田健一住職にメールを送ったのがご縁でした。朝の説法は DVDに起こし テレビみてスクリプトしてノートにとめて 自分なりの感想を毎日かいてました。いつかは自分でも悩める人にこの教えを説くためにです。それには理解し自分の言葉や体験をと思いました。9月で終了したのは残念でしたが あそこに出演されている方は、みんな自殺防止の僧侶の会ですよね?本当仏教の教えはすべての悩みを解決する 大変高度なツールだと思ってます。浦上住職の言葉も家に帰り しっかり勉強します。

おくればせながら御回答ありがとうございます。そうですね 今はとにかく 自分の興味のままにどんどん突き進んで行きたいと思います。

中田住職様 御回答ありがとうございます。

求めても 求めても、見えてくるのは、私の深い闇であったりするのです。→同感です。毎朝 真言宗ですが 勤行をしてまして、読経中 十善戒でいつも思うんですけど  私はこれを守れているのか?と自問自答するとやはり守れて20パーセントもないことに 苛立ちがあったり 終いには お坊さん同士のお寺って環境だから守れるだけであって、一般の世の中では 目標であって実践は無理 なんて思ってしまうんですけどね。こうなると まだ信仰がたりない 学びがたりない と思ってしまったり・・・・。でもこうして 仏教に興味持ち出したのも 一年前からですから 色々と広く学び 来年は そこから深くいこうと 目標をもつことにしました。常に開かれている 仏門 私もお寺が大好きです。

中田様、

いろんな仏教を たくさん知って、深めていけばいくほど、自分が救われていくというものでも、ないような気がしますよ〜。求めても 求めても、見えてくるのは、私の深い闇であったりするのです。

それは本当に 自分も思います。でも自分の闇を認め懺悔していき 同じ過ちを繰り返さないように たとえば イライラするのをやめたりと小さな一歩ですが 一日一日が積み重なり 一年振り返ってみたら 人脈も変わっていたり おもしろいものですね。

御回答ありがとうございます。

丹下 覚元 さん ありがとうございます。私もそうだとおもってますよん。と同時に丹下 覚元 も自分がおっしゃった事と同じ事をなやんだ時期があるのではないか?と思いました。だからすごく重く心に響きましたありがとうございます。

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