hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

考え込んでしまう

回答数回答 3
有り難し有り難し 27

現在育児休業中で、家族以外の人と話すことがない中でこのサイトのことを知り、相談させていただきます。

失敗した経験や、誰かに指摘されたことが、ふと頭に蘇ってきて、そのことばかり考えてしまします。
その当時には大した事と思っていなかったことでも、今になってふと思い出し、ああすればよかった、なぜああしてしまったんだろうと、考えては仕方ないこととわかっていながらも、そのことが頭をぐるぐると巡ります。

歳を追うごとに、その傾向が強くなってきているように感じます。今現在、思い出してもうつうつと考えてしまって辛いのに、今後もずっとそのようなことと付き合うのかと思うと更に憂鬱になります。

失敗を思い出した時、うつうつと考え込んでしまう時に、どのように気を持っていればいいのでしょうか。
気の持ち方をアドバイスしていただけるとありがたいです。よろしくお願いします。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

今までの経験は、全て、これからの私に繋がっていくよ。

失敗した経験や、誰かに指摘されたこと、
それを考えてモヤモヤするのは、あの時に あ〜すればと もう一度やり直せたらとの思いから、納得しきれない自分がいるからだと思います。

私も、そんな経験を何度も繰り返してきました。失敗ない人なんて、いないものね。

今度、同じような状況になったら、きっと こうしている自分がいる!と、イメージしてみましょう。
経験したことが、学びになり活かされている私を、想うのです。
何もマイナスばかりではないのですもの。
そうして、成長をしていく私を、頭の中に描いて◎
今までの経験は、全て、これからの私に繋がっていくよ。

{{count}}
有り難し
おきもち

はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として...
このお坊さんを応援する

自分の選択が変われば、周りの選択も変わる。

こんにちは。亀山純史と申します。

確かに失敗した経験や、誰かに指摘されたことは楽しい思い出ではありませんよね。だから、「あの時、ああでなかったら...」と言う思いを持つこともわかります。でも、自分の選択が変われば、周りの選択も変わります。自分があの時、別な選択を取っていれば、それによって、周りの選択も変わるのです。そして、選択直後の状態は想像出来ても、その後どのように物事が動いていくかはわかりません。一方、失敗があってこそ、あるいはあの時の指摘があったからこそ、物事が上手くいくこともあります。ですから、私たちは今日なすべきことに心を向けるべきでしょう。
「過去を追うな。未来を願うな。 過去はすでに捨てられた。そして未来はまだやってこない。 だから現在のことがらをそれがあるところにおいて観察し、 揺らぐことなく動ずることなく、よく見きわめて実践せよ。 ただ今日なすべきことを熱心になせ。」とは「中部経典」に説かれている言葉です。

以上が私からの回答です。ご参考になさっていただければ幸いです。

{{count}}
有り難し
おきもち

hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧...
このお坊さんを応援する

毎日の育児に家事に大変だと思います。
過去の失敗は気になりますよね。私もそうです。でも、失敗は成功のもとって言いますからね、大切なことは次に同じ状況に会った時にどうするか、ということです。
次の対策を立てておくのです。対策を立てたら忘れないようにメモ帳にメモしておくのもいいですね。そうすれば気持ちも定まりますし、落ち着きますからね。
むしろ、ああ早く同じ状況が来ないかな、同じ状況が来たら次はこう言うのに、次はこうするのに、と待ち遠しくなることもありますよ。
また、失敗に限らず昔のことや未来のことばかり考えこんでしまう場合は、目の前の現実をしっかり見つめることが効果的です。目の前の子供や部屋、テレビや雑誌、何でも構いません、実在している現実をしっかり見ることを意識してみてくださいね。
お子さんが健やかに育ちますように。

{{count}}
有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...
このお坊さんを応援する

「考えすぎる・行動できない」問答一覧

私のせいで、子どもや犬猫が、、

子ども服屋さんで働いています。 レジをしていて、ボタンでとめるタイプのジャケットを、買い物袋に入れようとしたら、ボタンが服から外れてしまっていることに気づきました。 それを見ていた先輩スタッフが、「ボタンが取れやすい商品があるって、他の店舗(同じ会社)から報告があがってるやつ(商品)だ。」と言っていました。 お店の在庫(ボタンがちゃんとついているもの)を代わりに販売するために、「新しいもの(在庫)持ってきて!」と先輩スタッフに言われて、お客さんの前で汚れなどがないかどうか一緒に確認しました。 そのとき、ボタンに指をひっかけて、ボタンがぽろっと取れてしまわないかの確認もしました(お客さんも見ていました。) そのとき先輩スタッフは近くにいませんでした。 あとから気づいたのですが... ボタンをパチパチと付け外しして(一度ボタンを外して、またとめて、を繰り返す)取れやすくないかどうか確認するべきでした。 先輩スタッフに言われて気づきました。 指でボタンをいじってみるだけで、お客さんに売ってしまいました。 「やっぱり(服からボタンが)取れちゃった、不良品なので交換してほしい」って連絡がくるかもしれません。 それだけでも、お客さんに迷惑をかけてしまいますが、わたしが心配なのは、取れたボタンを小さい子どもとか犬猫が口に入れてしまって、窒息したり体調を崩して、最悪亡くなってしまうんじゃないかと、、 こわくて仕方ないです 自業自得ですが、、 気にしすぎなのでしょうか...

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

休み方が分からない

つぶやきにも書いたのですが、私は休み方が分かりません。 休む行動をしていると頭の中で様々なことを考えてしまい、頭の中がぐちゃぐちゃになります。 例えば ・今日のミスはもっと確認したら防げたな ・相手に迷惑かけたな、余計な手間かけさせてしまって申し訳ないな ・呆れて物が言えない状態にさせてしまったかもしれない ・相手の態度が素っ気なかったかも、やっぱりミスしたのが良くなかったな。嫌われたかもしれない ・休むってなんだ?心身を休めるにはどうしたらいいんだ? ・好きなことしてるけど、このままでいいのかな ・時間を無駄にしてしまったかもしれない。こうしている間にもできることはあったはず ・でも何かをやろうとは思えない。身体を動かすのも億劫 ・そういえばやらないといけないことあるのに全然動かないな。どうしよう ・生きるのしんどいな ……と、いったように何も考えないということができません。 私はよく周りから「頑張りすぎてる」「真面目なのはいいけど休まないとしんどいよ」とよく言われます。 ですが頑張り過ぎてる自覚がないし、休みもとっているつもりです。美味しいものを食べたり、眠ったり、買い物したりと一般的に言う休むという行為をしてるのですが、どうやら周りから見ると休んでないみたいです。 ぼーっとしても上記のようなことばかり考えてしまいますし、休むということがよく分かりません。 「なにもしない」ができないんです。 休むという概念は一体どんなもので、休まった心身というのはどういった状態なのでしょうか。 私に合った休み方は見つかるのでしょうか。 ご教授のほど、よろしくお願いします。

有り難し有り難し 22
回答数回答 1

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ