hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

大事なモノと人生の幸福量

回答数回答 3
有り難し有り難し 51

こんばんは。
いつもご回答ありがとうございます。

私はいま20なのですが、今まで青春というものを送ったことがありません。

人それぞれ青春は違うものであるとは思っているのですが、大事なものがあるから頑張れる!とか、ここが私のいていい居場所などがまだ見つかりません。

そして、卒業してから今も受験勉強中で大学を狙っています。

この2年間何をしてもうまく行かなくて、ずっと悩んでいました。夜も、また落ちるんじゃないか、とか不安なことが多くて夜中までずっと起きてしまっています。

私は幼少期から、母がずっと入院したり、友達に騙されたり、いろんなことがありました。

そして、いまは受験勉強をしていて、このままでいいのかな、とか、この先何か幸せだって、大事だって思えるものに出会えるのか、不安です。

そこで、私のように自分に自信がない者でも、何か人生を変える出会いなど訪れる者なのでしょうか。
人生の幸福量は、幸せな人は幸せ、そうじゃない人はずっとそのまま、なのでしょうか。

気づき、や、少しの事にも感謝することで人生は幸せになるものだとも思っています。

青春を送れなくて、いま青春コンプレックにも陥っています。

ご回答よろしくお願いします。

2018年12月27日 20:23

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

今を一生懸命生きることで見つかるモノもあります!

質問読ませていただきました。

少し私のお話をさせていただきますね。
私は13歳で実父を師匠として出家しました。そこから厳しい修行などが毎日あり、友人と遊ぶヒマはありませんでした。もちろん彼女を作る時間なんて全くありません。修行以外に唯一許されたのは、勉強して高校受験、大学受験をすることくらいでした。ですので、修行の辛さを紛らわすためにも、他の時間は勉強をしてました。
その間に父と母(師匠と奥さん)の離婚、毎日兄弟子からの厳しい仕打ちを受ける、といった生活でした。
大学受験は、ありがたいことに師匠に2浪させていただき、そこそこのところに行かせていただきました。

自分にある程度自由な時間が許されたのは、修行を重ねて一人前の僧侶として認められる儀式を受けた後でした。年齢にして25歳くらいでしょうか。
そう考えると、nextstageさんがおっしゃられる「青春時代」というのは、何のおもしろみも無いものだったでしょうし、何か目指すものや大切なものがあったわけではありません。
お寺の息子としてうまれたので、言われるがままお坊さんになっただけです。

さて、こんな生活をしていたわけですが、現在は今までの経験を活かして一生懸命生きようと思えています。
両親の離婚で悩まれてる人には私の経験からお話しできますし、受験で悩んでる人にも、青春時代を楽しめなかった人も、他にも色んな私の経験からたくさんの人にお話をさせていただくことが出来ます。それによって救われたと言って下さる方も、たくさんいらっしゃいます。
このような現状に、私はとてもありがたいと思って満足しております。幸せかと聞かれましたら、自分のやりたいことの形が見えてきて、少しでも多くの人の助けになれる現状に自信をもって「幸せ」だと答えることができるでしょう。そして、そう思えるようになったのは30歳を過ぎてからです。

このように、今までいいことがなかったとしても、その経験があなたの助けになります。今を一生懸命生きることで、それが未来に繋がり、生きる目標がそこから見つかるかもしれません。
それに幸せの量なんて決まっていません。今ある周りのもの全てに感謝できるのであれば、幸福量は無限大です。どれだけお金を持って充実した生活をしても、それに満足すること無ければ幸せはいつまでたっても訪れません。

何か少しでも参考にしてみて下さいね。

2018年12月28日 13:05
{{count}}
有り難し
おきもち

京都府・大阪府・奈良県の県境に当たる、京都府京田辺市の自然に囲まれたお寺で...

先立つものを捨ててみる

責任感がお強いのでしょうね。
常にこれをしなければという事に縛られてきたのであろうと思います。
お疲れさまでした。
青春というのは学生時代だけではなく、自分の目が開いていればいつも青春です。
自分の目が開くという事は、先立てている自分の無い事です。
人生は経験の連続ですから、嫌なことがあると守りが入ります。
前回と同じようなひどい目にあうんじゃないかという先立つ思いが起こるのです。
それを一度捨ててみることです。
たとえは悪いですが、家族で夏に近所のラーメン屋に行きまして。
そこでみんな腹壊したんですわ。
そこからそのラーメン屋には行っていません。
そこを通るたびにまた腹壊すんじゃなかろうかという思いが先立ちます。
ですが、それはその時だけの事。
今日も腹壊しラーメンを売っていたら営業になりません。
人間は過去データを優先させていることがあります。
本当は現場に行ってみれば新しい出会い、新しい世界が待っているのに、自分の脳内ばかりを相手にしてしまっているのです。
それは優先すべきものを間違っています。
一度、そこを意識して、脳内ファーストではなく実物ファーストな生き方を選択してみるとよいでしょう。きっと、さぞかし素晴らしい世界が待っていることでしょう。
脳は自分で変えられるのです。
あ、でも、私はあのラーメン屋はどのみち行きませんがね。(笑)
別のより幸福量の高いラーメン屋で青春が始まっていますので。

結論 被害者意識にとらわれない。同じお茶を飲むのであっても今、新たに味わってみる。

2018年12月27日 22:29
{{count}}
有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 法話禅会 毎週日曜3時より...

青春コンプレックス?

なんだこの言葉は。「青春コンプレックス」。以前、他の質問者さんがこの言葉を使っていらっしゃって、私は感じました。何だろうこの違和感。それが今、ハッキリ分かりました。

青春って、言うほどキラキラしてませんよ。

私の大学時代は、背中から追いかけられているような得体の知れぬ焦燥感に駆られていました。その焦燥感を何とか振り切ろうと行動し、その行動がまた「本当にこれでいいのか?」という焦燥感を呼んでいました。その無限ループで狂ったように勉強し、バイトし、ゲームしました。

昔よくいた「つっぱり」とかヤンキー。いわゆる非行少年だって、家庭だったり学校だったり、何かしらの心理的な抑圧から反発してたんです。
今で言えばSNSの「イイね」がその抑圧を埋めるものとして取って代わっているのではないかなと思います。
一見、キラキラしているような人も、キラキラしている自分を演出することで、そういう抑圧を誤魔化そうと無意識でしている人が多いんじゃないかなぁ。

じゃあその抑圧って具体的に何?っていうと、それは悩んでる本人にも分からないことが多いんですよね。限りなく大人に近付いているけれど、大人でもない。ちょうど身長がグングン伸びていると骨が痛む成長痛のように、心がグングン大人になっている中での、心の成長痛なのかもしれません。そういう痛みを持つ人は皆、どんなに上手く隠していても本心では自分に自信を持っていないものです。

あなたの場合、受験や過去の体験という分かりやすい要素があるために、かえってそれらのせいに出来てしまっているのかもしれませんね。
でも、青春って、そんなにキラキラしてませんよ。鬱屈としています。青春とは、コンプレックスなのです。それでいいんです。
自分を「こうあらねば」と縛らず、否定せず、肩の力を抜いて、目の前のことを1つ1つこなしていきましょう。いずれ時期が来れば、「そう言えばそんなこともあったな。いつの間にか忘れてた」ってなるものですよ。大丈夫。受験、頑張ってね。

2018年12月28日 14:02
{{count}}
有り難し
おきもち

曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...

質問者からのお礼

藤川さま
お返事遅くなり申し訳ありません。私はいつも先ばかり見て、いまを生きていないところがあるとおもいます。藤川さまのお話を教えていただいて、すごくこころが楽になりました人の役に立てるようなことをしたいっておもいました。そして、一生懸命いま生きれるように頑張りたいとおもいました。わたしが藤川さまに教えていただいたみたいに、わたしも人が心が軽くなる話をできる人になりたいとおもいます。
ありがとうございました。

安隠寺さま
お返事遅くなり申し訳ありません。責任感は確かに強い方で、何かしなければといつも思っていたかもしれません。それを、いま第三者のお坊さまから言っていただいてやはりそうだったのだときずくことができました。
そうですよね、いつでも自分が楽しければ青春ですよね。今年は、何かチャレンジして、苦手だったもの克服してみようとおもいます。ありがとうございます。

大慈様
私は枠にはめられた生き方で生きていたのかもしれません。ちょっと、映画の世界がキラキラしていてあーなりたかったな!とおもっていたところでした笑。みんな青春ってゆう青春はないんだなってちょっと安心しました。
これから、年も開けたのでアンテナ張り巡らせたいとおもいます。ありがとうございました。

「幸せとは・幸せになりたい」問答一覧

私の18年間。

今日は質問じゃないです。ここに来ている誰かの目に止まればいいなと思って書きます。 高校3年生。もうすぐ受験。 幼稚園の頃から、精神年齢が高かったと思う。でもプライドは高いのに自尊心は低い。何かあると、自分が悪いと考え、怪我をしてるときの自分が好きだった。小学校はしっかりものって言われることが多かった。だんだん、トゲトゲしはじめた。でも中2の頃から被害妄想が激しくなった。すぐに死にたいとか思うようになって、弱くなっていった。涙もろくなった。自分が嫌いになった。 生まれてこなければよかったと思うようになった。 高校生になって、自分の性格を変えようと、無理やり静かに過ごしたり、スクールカウンセラーさんや保健室の先生に話を聞いてもらったり、家から一番近い精神科に一度だけ行ったり。親には一切言ってこなかった。 考えなくてもいいようなことを考えて悲しむのが辛かった。考えなくても幸せに生きたかった。 すぐには治らないこと、うまくいかなかったこと、友達を失ったこと、恥ずかしかったこと。いろいろあったけど、そのすべてがあって今の私がいる。私は私を更新して、地道に理想の自分になる。 そして、ハスノハという新しい支えにも出会った。厳しいことを言われて傷つくのを恐れていたら、本当に厳しいことを言われて、それこそ泣いたけど、長い間、私を苦しめていたものが今現在はさよならしてる。また、来るのかもしれないけど。 私の最近のモットーは 自分を失わないこと 日々学校にいると、みんなが羨ましいと思ったり、世間を見ると、すぐに落ち込んでしまう。人と関わっていれば当然のことだけど、私は私を守りたい。 生きてる価値とか、ないと思う。それはゼロってことじゃなくて、人間にはそういう概念は必要ないと思う。 ずっと生きることにネガティブだった。こんな私はこの先生きていけるんだろうかと思っていた。人生失敗したくないし、これで正解だったのかとかこれからも考えるんだろうけど、死ぬ瞬間に私は生まれてきてよかったと言える人生にする。 死にたい、消えたい、って強く思ったこともあった。でも、叶わないから、生きている。生きることを私の体が許してる。 今日もどこかで泣いて、苦しんでいる人がいる。私は助けてもらったぶん、自分も役に立ちたいと思う。そして幸せになりたいと思う。 受験、頑張ろ。

有り難し有り難し 39
回答数回答 3

幸せなのに辛いと感じてしまう

誰にも相談できず、投稿させて頂きます。 私は少し前、昔から憧れだったある業界に入る事ができました。 夢にまで見た世界に飛び込めると分かった時は本当に躍り上がりたくなるくらい嬉しかったです。 実はこの以前に勤めていた仕事が合わず、心身を摩耗し自殺未遂をしてしまった事もありました。 それ故に、大袈裟でなく救われましたし、生きていて良かった、諦めなくて良かったと思えました。関わる人達は皆本当に優しいし、仕事も楽しいです。私は幸せ者だと思っています。 でも、辛くて仕方なくなる時があります。 理由の一つは、仕事を覚えるのがとにかく遅く同じミスをしてしまう事です。 これは今の仕事に就く前からずっと思ってきた悩みでもあります。 1日でも早く貢献できるようになりたい、認めてもらわなくちゃいけないのに…。ミスした罪悪感で消えたくなりますし、期待はずれだったと言われて捨てられないかと怯えてしまいます。そんな事をする人達ではないと分かってはいても…です。 もう1つは、周りの人達が皆美しい事です。私はスタイルも良くなければ顔も良くありません。今はダイエットも取り組んでいますし美容にもこれまで以上に気を使うようになりましたが、それでもすぐには変えられません。こんな私がここにいても良いのか…焦りと恥ずかしさが募ります。酷い時には自分の醜さが許せなくて、我慢できずに休憩中のトイレでも泣いてしまう事もあります。 小学生の時に容姿をからからかわれ、以来私は醜いんだという考えが染み付いてしまったのだと思います。こんなになるまで引きずるなんて病的だと分かってはいますが、一度悩むと止まらなくなり、悩んでる自分すら嫌になります。 でも、私のこんな悩みすら贅沢なのではないかと思っています。運やタイミングでしか入れないようなこの世界に入れて貰っただけでも有難いのに。同じ業界の誰かに愚痴を溢せば、やる気がないと見なされるのが怖くて話せません。もし見放されたら今度こそ消えてしまうでしょう。家族にも、自殺未遂をして心配をかけた負い目から楽しく仕事をしている自分を演じてしまっています。友人も忙しそうでとても相談はできません。 苦しいのに誰にも話せない。そんな状況に板挟みになっています。 ごめんなさい、どんな言葉が欲しいのか分かりません。でも誰かに聞いて欲しかったんです。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

有り難し有り難し 11
回答数回答 1

子供時代の心の傷

私の母は私を産む前から鬱病でした。 私の2歳下の妹が生まれてからは、離婚したこともあり、不安定で、入退院を繰り返しており、入院してない期間も新しい彼氏と過ごしたり仕事に行っていたりで、一緒に過ごすことは少なく、満足に甘えることはできませんでした。でも私は母が大好きで、一緒にいたくて甘えたくて褒められたくて、いつも大人ぶって良い子にしていた気がします。 そんなふうに過ごしていて、私が中学一年になった夏休み明けに母は彼氏と喧嘩をしてその後自殺して帰らぬ人となりました。その当時は悲しいとかもう一度会いたいとか、人間が感じる普通の感情を持っていました。 でも少しずつ気持ちに変化が出てきて、母のことを考えなくなり、最初からいなかったみたいに思ったり、ここ2、3年は嫌悪感すら感じています。 育てられもしないのに私を産んだこと、私と妹を置いて死ねたこと、私と妹はこんなに苦しんで生きているのに自分だけ逃げたこと。こんな風に考えてしまいます。 自分の性格も歪んでいると思います。 何事にも本気になれない。表面的には普通にしているつもりですが、心の中では人の悪いところばかり目に付いたり人に文句をつけたり妬んだり、親しい人の前では口に出したりもしてしまいます。 これから先、誰かを心から愛することも、自分を愛することも、愛されることもできない気がします。幸せになれないと思ってしまいます。今現在、衣食住にも困っていないし、彼氏もいるのに、なんだか満たされず、ただ毎日をこなしていく。というような感覚です。 死んでしまいたいとも思います。 こんな何が聞きたいのかも分からない文章になってしまいましたが、誰かに読んでもらっていると思うだけでも少し気が紛れます。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

幸せな家庭を築きたいです。

こんにちは。 私には5ヶ月になる息子がいます 妊娠中は、大好きな主人とこの子で毎日笑顔の溢れる家庭を築いていくんだなと生まれてきてくれるのが楽しみで仕方ありませんでした しかし、今の現実は毎日落ち込み考え込む日々です その内容が息子の名前についてです 息子の名前はプロフィールに記載しています 性別が男の子と分かったその日に私と主人で響き、温かいイメージ等が気に入った名前でした その日からはお腹の子に対してこの名前を呼びかけ、どんどん愛着が湧いていきました しかし、この響きの名前は漢字がなかなか無く、当て字になってしまうことから、再考の必要性を感じていました しかし、ずっと呼んできたこの名前以上にピンとくる名前がなく、結局は生まれてきた子にそのままこの名前を授けました 中性的な名前ですが、男の子の名付けランキングに入っていたので、私達はどちらかというと男の子よりの名前という印象でした しかし、実際に生まれてみると、男の子なのに?と言われることがあり、すこし不安がでてきてしまい、インターネットで名前を検索してみると、男の子につけたらかわいそう、将来恨まれる、立派な大人になれない、そもそもそれで読めない。など批判的な意見があり、悲しくなると同時に、悪い印象を持つ人がいる名前を付けてしまったこと、女の子に間違われる名前を付けてしまったことを息子に申し訳なく思ってしまいました 最初は自分の内に留めておきましたが、抑えきれず主人にも相談してしまい、一度相談してからは不安を全て主人にぶつけ、名前を気に入っていた主人にまで不安の種を植え付けてしまいました。最初は優しく、なだめてくれた主人ですが、あまりにも私が毎日毎日不安を口にするので最近は主人の気持ちまで暗くし、私にも呆れています 息子は本当にかわいいです。今の瞬間瞬間を大切にしなければいけないのに、こんなことばかり考えている自分が嫌で仕方ありません。息子を見ると、なぜあの時引っ掛かりがあったのにそのまま突っ走ったのか。将来名前のせいで不利な思いをさせてしまったら…と気持ちがよぎりしっかりと息子に向き合えていない気がします。息子と主人には本当に悲しい思いをさせてしまっています 主人とお腹に呼びかけた幸せな日々まで壊してしまったようで、自分自信が許せません。それでも考えてしまうんです。息子を心から愛し、幸せな家庭を築きたいです。

有り難し有り難し 2
回答数回答 1

幸せって どんな感じですか?

先日は 良いアドバイスを下さり、ありがとうございました。 不幸自慢をするわけではありませんが、私は今まで心の底から幸せだと思ったことがありません。 過去を思い出すと死にたい気持ちになるので詳細は省きますが、7歳の頃には父親の暴言・暴力により自殺を考える様になっていたのを覚えています。 子供の頃の思い出といえば、ぼんやり空を見上げて雲の上に帰る方法を考えていたこと、クズ親父の血は絶やさなくてはならないから私は結婚すべきではないし子供も産むべきではないと思っていたこと、それでも平和に過ごす同級生達を羨ましく思っていたことです。 当時は携帯どころかインターネットもなかったので自殺する方法も わからず、ただ毎日、自分が生きていることを恨み、早く死ねるよう自分自身を呪っていました。 その お陰か、好きな人ができても振られ、優しくしても誰からも嫌わられて、未だに結婚していません。 過去に自分が願った通りなので仕方ないとはいえ、現在は家裁で正式な手続きを踏み父親との縁も切れたので、幸せな結婚をしたいと考えてしまいます。 でも、こんな私が幸せになれる筈がないとも思います。 外出中に酔っ払いの人を見かけたら、「この人、憂さ晴らしでいいから私を刺し殺してくれないかな」と考えたり。 結婚するなら、いつか私を殺してくれる人がいいかなと思ったり。 でも、幸せな結婚をして、殺されることなく愛されたいとも思ったり。 自己啓発系の本やブログを読んだり、動画を見ると、願いを叶えたいなら結果より感情が先、「幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せな状況を引き寄せられる。だから今は何も手にしていなくても、手に入ったと思ってウキウキした気持ちになりなさい」と主張するものが多いように思います。 でも、だとしたら私は? 幸せを味わったことがないので、心底 欲しいものが手に入った時のウキウキした感情が わかりません。 そもそも、何か欲しいと思っても「どうせ私には無理」と思って妥協してしまうので、今 欲しいと思っているものが本当に自分が欲しているものなのかも自信がありません。 未だに結婚と死を天秤にかけると、死の方がいいという気持ちもあります。 でも、それじゃダメだとも思います。 どうしたらウキウキした気持ちになれるのでしょうか。 変な質問で申し訳ありません。

有り難し有り難し 19
回答数回答 1

失う不安

いままで男運が悪く、辛い恋愛経験を積んでいました。 現在、お付き合いしている彼に、これまで経験したことがないくらい非常に大切にされています。 そんな彼からプロポーズを受け、婚約しました。 ですが、それ以降ひどく精神的に不安定になりました。 毎日イライラしたり、涙が止まらなくなったりしています。 不安の内容は、彼を失ったら自分は壊れてしまう、という恐怖です。 彼だからプロポーズをして欲しかった、彼だから一緒にいたいと思った、 私には彼ではないといけない理由がたくさんあるんです。 そんな唯一無二の存在を無くしたらと、たくさん考えてしまうんです。 不安を彼に相談したところ、彼はこう言って悲しんでいました。 自分のみきを特別に想う気持ちを信じてほしい。それを信じてもらえないと悲しい。と。 こんなに言って貰っているのに、結婚準備も彼は非常に頑張ってやってくれているのに、幸せに近づくほど、大切にされるほど、失う不安が強まります。 彼というよりも、 私は自分の幸せや未来を信じられないのです。 自分は幸せに生きる力もないし、そんな価値も無いと強く思い込んでいるのです。 彼を悲しませてしまいました、付き合ってた時のように笑顔でいてあげることもできない、そんな私がいまから思い直して幸せになるには、もう手遅れでしょうか?

有り難し有り難し 2
回答数回答 1

どうしたら心が幸せと気付きますか

私は今幸せな環境にいます。 夫にも恵まれ、義母とも仲良くなれ、仕事は辛いけれどなんとかやっていけます。 頭では幸せな環境におかれていることがわかります。 しかし鬱病を患っているからか、もしくは体質なのか、幸せを感じられずにいます。 幸せを感じたくて、欲しいものを買ってみたり、食べたいと思うものをひたすら食べたりしてみましたが、一時しのぎでしかありませんでした。 最近はそのような感情が欠落しているのかなって思うようになりました。 喜びを感じにくく、死ぬこともよく考えます。 死ぬ方法も決まっていますが、決行はしません。心が死にたいってサインをだしても、頭では死んだところで意味が無いってわかっているからです。 その事は誰にも言っていません。 通院はしていますが、夫も鬱で通院しています。私より症状が重い様な事いっていました。 わたしには勿体無いくらい優しい夫です。あまり心配かけて症状を悪化させたくないので、明るく接する様心がけています。 浪費、暴食に頼らず、幸せを感じたいです。 幸せってどうしたら感じられるのでしょうか。 一度きりの人生だから精一杯幸せ感じて生きたいです。 長文すみません。

有り難し有り難し 11
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る