エゴとの関わり方
こんばんは。
遅くに失礼いたします。
長くなるかと思いますが宜しくお願いいたします。
エゴについて悩んでおります。
自分の感情との関わり方ともいえますが、
私は今まで神や尊いものを敬い生きてきました。
エゴではなく人を愛することを優先に考えるよう努力をしてきました。
ある時、エゴが私に語りかけてきました。
あんたはもっと傲慢になっていい、尊大でいいんだ、と
そうしてエゴの肥大化と弱さをもつ自身の他人軸の生き方が崩れてゆき
自分というものが謎のエゴにとりつかれ、エゴの言うことに逆らえなくなってきました。
もしかしたら、あまりにも無意識の抑圧と、エゴへ目を向けなかったことの逆襲なのでしょうか。
精神的な話になってしまいましたが、
私は、エゴの幼稚さが嫌いです。
エゴをなくしたいと思います。
他人のことを思いやり、他人と良い関係を築きたい。
しかし、エゴを無視することによってそれが反撃してくるのが怖い。
お坊さんでしたら、エゴをなくすように生きますか?それともエゴと共に生き共に悩み、手と手を握って生きますか?
どちらが幸せになれるのでしょうか。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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自我は大事です
エゴというとエゴイストとか悪い意味にしかとらえられないので、自我と言い換えますね。
自行化他という言葉があります。まずは自分が大事ではないですか?それから人に尽くすのは
いいと思います。自分を犠牲にしてまで他人に尽くす必要はないとそう思います。自分も大事他人も大事なのです。坊さんとして他人の役に立ちたいという気持ちは非常に大きいものかがありますが、バランスですね。自分のやりたいこともしたいのです。欲張りでしょうか?
質問者からのお礼
鈍阿様
ご回答いただき、誠にありがとうございます。
仰る通りバランスはとても大事で
欲張りとは感じません。
自分のしたいことをしつつ他人に尽くすという心の持ちようが大切だと感じました。
大忍貫道様
ご回答頂き誠にありがとうございます。
エゴには無明という名前がとても当てはまります。またエゴがなくなると生きる意欲を失うということは思い当たる事があります。
大忍貫道様にとってエゴは、自覚するものそして自ら制御するものなのですね。
エゴを無くそうとはせず社会に生きる者として大人らしい振る舞いができるよう精進して参りたいと思います。
大忍貫道様のように人格者でおられる方のご回答とても参考になります。
ありがとうございます。