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母が54歳で亡くなりました、つらいです

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3/6に母を亡くしました。酒を飲み吐いたものを詰まらせての窒息死、前日にはメールをして、亡くなる5日前には電話もしました。13日には会う約束もしていた突然のことに心が追いつきません。

母は仕事で遠方に行くことが多く共に過ごしたのは4歳まで、12歳までは2、3ヶ月置きに20日ほど、中学の3年間は共に過ごしましたが、15の頃事件に巻き込まれ両親は離婚、以降母とは別に暮らしていました。母には月に一回会いに行く生活でした。親子で過ごした時間はとても少ないと思います。

私が小さな頃に母は兄を自殺で、8年後父(私の祖父)を失っています。家事もして優しくて、けれど二人を失ってからは心のバランスを崩しがちでした。事件以来パニック障害とうつ病も持っていたことを、死後知りました。
私は酒を飲んでいる母が嫌で、つらいことがあるという事もわかろうとせず、冷たくしてしまうこともありました。

死後、家の整理をしていたところ母の履歴書がたくさん出てき、母が頑張ろうとしていた事も知りました。また母のメールから、母が男性に金銭面で援助してもらい、代わりに身体を差し出していた事、その中で暴力行為があった事も知りました。それが母の病状を悪化させたのではないか、知らなければよかったと苦しいです。

なぜ、もっと優しくしてあげなかったんだろうと後悔しています。
誰か一人、私だけでももっと優しくすれば、必要とされていることを母に伝えていれば、向き合って話を聞いていれば母は酒に溺れる事もなく、吐いたものを詰まらせて亡くなる事もなかったのかもと考えてしまいます。

母は依存症でしたが、私のことは常に愛してくれていました。毎月いつ来るかを聞く母は嬉しそうでした。残された沢山の私の写真、母の写真はほとんどありません。
ここ数年は一緒に写真も撮っていなかった、大切だと伝えていなかった、話をして共に出かけたかった、全てを後悔しています。

母の依存症で辛い想いはたくさんしました。普通の家庭がよかったと思う事もありました。
それでも母のことを愛しています。嫌いになったり割り切ったりできません。死後の世界でも、苦しみから解き放たれてほしいと思っています。
残されたものがくよくよしてはいつまでも然るべき世界に行けないと聞いたので前を向きたいです。けれどどうしたらいいかわかりません。

よろしければお言葉を下さい。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

今、自分にできることはなにか

偶然ですが、私の父も54歳、私が22歳の時に突然亡くなりました。
深夜に起きて、低血糖で倒れた際に頭を打ち、そのまま脳出血で亡くなりました。
私は12歳で県外の寺へ小僧として出ていたので、一緒に暮らしたのは小学校までです。

ですから、麝香撫子さんのお辛い気持ちも理解できます。
人は必ず、大事な人と死に別れたら後悔します。
もっとこうしてあげればよかった、あの時あんな言葉をかけてしまって、あの時あんな態度をとってしまったなどなど、考え始めたらキリがありません。
キリが無いからこそ、自分自身の意思でキリをつけなければなりません、どこかで気持ちを切り替えるのです。
仏教では49日、百ヶ日、1年忌、3回忌と、日にちを区切って供養をします。
ご遺族の方が、そのどこかのタイミングで気持ちに区切りをつけてくれたら幸いです。

時間は戻せない、失われた命は復活しない。
理屈では分かっていても、なかなか心で納得できるものではないでしょう。
でも、いつかは事実を受け入れないとね、受け入れた上で「それでも生きる」のが人間です。
私も含めて、誰もが愛する者との別れを経験しながら、それでも生きています。
みんなあなたと同じですよ、決してあなたより強いわけではないし、恵まれているわけでもない。
いつか死ぬ、という点では皆平等^^

泣きながらでもいい、後悔しながらでもいい、それでも生きるんです。
どんなにカッコ悪くても生きることをやめてはいけません。

育った環境も、家族の境遇も、あなた自身が気に留めなければ、あなたが生きることを妨げることはできないのです。
今この瞬間をどう生きるか、そのことだけを真剣に考えよう。

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様々なつらい別れや痛みを、私も経験しながら今日を生きています。 あなたの...
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