信じる心とは?
半年間、交際していた彼が1ヶ月前から音信不通になりました。一度も喧嘩したことはなく、彼は私といる時、本当に嬉しそうにしてくれていたので、いつか結婚するんだろうと幸せに過ごしていました。
彼は仕事が激務なので、いつも疲れた様子でしたが、先月『忙しくなる』と言って約束をすっぽかして以来、LINEが未読になり連絡が取れなくなったのです。
友達には、彼は既婚者で始めから期間を決めて付き合ったのではと言われ、大きなショックを受けつつも、今考えれば思い当たる違和感もありました。
私は前にも、信じていた人に呆気なく捨てられたことがあり、そのトラウマを付き合う前の彼には話していて、『大丈夫だよ』と言ってくれていたので、心から信じていました。本当に優しい人だったので、そんな非常な事をする人だとは思えないのです。
『忙しい』という言葉を信じて待っていましたが、1ヶ月半、未読のままです。はたから見たら、いい加減諦めるべきだと呆れられます。
泣いて暮らす私に、母や親友は『信じる心は救われるから。死んだ祖父祖母も見守ってくれてるから。』と応援してくれてお寺詣りもしました。人にバカにされても、彼を信じている時間はとても心が強く持てるので、諦める事が怖いです。
ここで、彼が酷い人間だったと認めたら、私は不信を乗り越えた先でまた裏切られたと、今後ずっと人を疑って生き続けてしまうと思います。
私の信じる心は間違っていますか?
また、彼に会いに出向くべきですか?
ご助言頂けましたら幸いです。
お坊さんからの回答 2件
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どんな心持ちで生きていきたいですか?
質問読ませていただきました。
正直者が馬鹿を見る、なんてことがよく言われますが、なんとも理不尽な世の中です。
もちろん、正直者を食い物にしようとするような心持ちの人ばかりではありませんが、そういう人もいるということを念頭において最低限の警戒はしなければなりません。
まっすぐ生きたいだけなのに、それがままならない・・・それも末法という世の中に生まれた我々の宿業なのかもしれません。
さて、質問の答えとしましては、このはさんはこの先どのような心持ちで生きていきたいですか?
たとえば、その男性に会いにいった場合、会って確かめたいという欲求は満たされるでしょう。しかし、既婚者であったなら、このはさんのおっしゃるようにもう男性を信じることは難しくなるかもしれません。
もしくは、会いに行かなくて、「彼は忙しくて、さらに何かがあって私との関係を断ったんだ。だけどこれまで彼が言ってくれた言葉や優しさはウソではなかった。ただ、私よりも大切なモノが出来てしまったんだ」と自分の中で上手に消化できるのであれば、そこまで人間不信になることはないのではないでしょうか?
または、彼のことを信じて待ち続けるというのも選択肢の1つとしてはあるかもしれません。しかし、待ち続ければ待ち続けるほど、もしも裏切られたときはショックが大きくなるでしょう。
このはさんはもちろんその男性のことをとても愛しているとは思いますが、「彼じゃなければダメだから、信じて待ちたい」という気持ちよりも、「ここで彼を信じなければ、過去の事も相まって自分が壊れてしまう」という自己防衛のために相手を信じようとする気持ちが強いように思われます。
であれば、彼の今までの優しさや言動は本物だったんだと信じて受け入れつつ、どうすれば自分は次に進むことができるか。これを考えてみることが、素敵な未来を歩む方法ではないでしょうか。
実際にこのはさんが、このような考え方をすれば、周りの人は「あなたはお人好しね~」なんてバカにするかもしれません。
しかし、人は人、自分は自分です。自分がどうすれば納得して人を信用しながら素敵な道を歩めるか、これを考えてみて下さいね。
このはさんのような心のキレイな人が、必ず幸せになれますよう心からお祈り申し上げております。