浄土真宗の教えについて2
おはようございます。
前回に引き続き浄土真宗の教えについて質問させて下さい。
吉武文法様の御回答より引用
〉「覚りの世界に触れさせていただく」の具体的な相が「南無阿弥陀仏」のお念仏です。御念仏を申すところに阿弥陀仏の願いを聞き、智慧がはたらくことを感得する。
〉それは私自身が「まこと」になるのでなく「念仏のみぞまこと(歎異抄)」であるという感得により「まことならざる私」が明らかになるという形での覚りとの接触です。
かなり乱暴ですが、例えるならウサインボルト(阿弥陀様)の存在を知る事によっていかに自分は足が遅いか、まだまだダメな存在(煩悩にまみれた存在)かという事に気づけば、具体的な距離として自分のダメさに気づく事ができる。
そのダメさに気づく事ができれば、もっと練習(修行やお念仏)をしよう。と具体的に問題が解決に向かう知恵が出る。
という様な事なのでしょうか?
どうも私の理解力が不足している様で、前回の御回答を通して「凡夫の君には煩悩をなくす事はできないのだから、生きている間は煩悩まみれの苦しいままでいるしかないじゃないか。」と言われている気がきました。
それとも、死後は極楽に往生するという教えを苦しんでいる「今」の私がお念仏を通して触れさせて頂いたとして
「死ねば確実に苦しみから免れる事は約束されているのだから、今苦しくてもいつか終わるじゃないか!苦しみながらでいい、気楽にいこう!それをいつも忘れない様に南無阿弥陀と唱え、覚りに触れ続けましょう!」と仰っているのでしょうか?
もしトンチンカンな事を言っているようならば、ハッキリと仰って頂いてかまいませんし、回答者様の個人の味わいで問題ありませんので、お手数ですが御回答下されば幸いです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
今回も中々書ききれませんが…
引き続き回答させていただきます。
まず、浄土・覚り・阿弥陀云々の前に、仏教は何を問題としているのかから考えてみましょう。
前回、お念仏(阿弥陀の願い)によりあきらかになるのは「まことならざる私」と表現しましたがそれは「ダメな私」ということではありません。「ダメ」というのは評価です。評価というのは煩悩が生むものですが、少なくとも仏教は煩悩を肯定はしませんがダメとも言いません。
ただ、「あなたはそうなって(煩悩を元として分別して)いますよ」と道理(法則)を説いています。
私たちは煩悩によって苦しむわけです。ではその「苦」とは何かというと、「(条件付けられていることによって)思い通りにならない(不満足性)ということです。」
老いたくない(分別・思い)けど、老いる(事実・道理)
病みたくない(分別・思い)けど、病む(事実・道理)
死にたくない(分別・思い)けど、死ぬ(事実・道理)
思い通りにしたいけど、ならない
老病死もその他諸々も一切は私の思い通りになりません。なぜ思い通りにならないかというと因縁によって条件づけられた法則で動いているから。その条件を思う様に私がコントロールすることはできないからです。
でも私たちは思い通りにしたい。なぜならば煩悩があり、煩悩は「私(自我)」という錯覚を生み出し(顛倒)、その錯覚は生み出した「私」に執着する(渇愛)からです。
渇愛は自分に都合の良いモノは近づけたい、都合の悪いものは遠ざけたいとする煩悩です。
と、前回の復習でここまできましたが、この煩悩を根本的に断滅しようというのが仏教の王道であり、でもそれは理論としては正しいけれどもこの私の身においては実現しないという立場に立つのが浄土門(浄土教・他力)です。
では浄土門は煩悩を肯定するのかと言うとそうではありません。あきらめるのかと言うとそうでもありません。
煩悩を煩悩と知るところに、煩悩の身のままでも煩悩を引き受け、煩悩を活かしていける道が開けれるという救いです。
これは味わいが強い表現ですが「安心して迷っていける、悩み苦しみ切っていける」とも言われます。
道理・法則をそのまま観ることができ、頷けるような私であるならいいのですが、そうではないからこそ道理を道理と知らしめられ引き受けられるために「浄土・阿弥陀」という「物語(宗教的事実)」が説かれたのです。
質問者からのお礼
吉武文法様
ご丁寧な対応ありがとうございます。
ようやく朧げながら理解できました。
あれだけ考え、何冊本を読んでも分からなかった事が文法様のお陰でたった半日で解決してしまうとは!本当にありがとうございます。
これだけ理路整然と道理を説く仏教なのに、別世界である極楽浄土だけはどうもハッキリしない。うちと縁のあるお坊さんに尋ねてみても、文法様が仰っていた様に「凡夫の考えの及ぶ所ではない。」と一喝され途方に暮れていたのですが、お陰様でスッキリできました。ありがとうございます。
ただ、もう一つだけ疑問がありますので、もう少しだけお付き合いくだされば幸いです。