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死にたくなる

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有り難し有り難し 23

兄弟をなくしてから10年近くうつ病もあり、かわったのは年をとっただけで何もかもとまったままです。周りは転職、結婚などでかわっていってるのに自分だけ何もかわらないまま10年近い歳月がすぎてます。それでも死なずにどうにか生きてこれたのは兄弟を自死でなくしたのとその時葬儀にきて下さった小学校時の兄弟の恩師に「なくなった人の分までいきて下さい」といわれ、それがずっと何かの度思い出されてます。それと遺伝子と受精卵が人になるまでに興味があったので調べたら最近、驚異的な映像をみることができ、人が一人うまれるまでに奇跡的な事の連続の上になりたってる事がわかり納得と映像に感心しました。
が、やはり何の役にも立ってない、何も生産性もないただ日々くらしてるだけの自分はいったい何のためにいるのかと思い死にたくなります。誰かに頼られなくても何かの役にたたなくても自分のためにいきてくという考えはもてますが、何もしたい事がありません、やれる事に限界はあるし興味ある分野を勉強するには今の気力ではムリだし。興味ない事やって続くわけもないので行き詰まったままです。このまま年をとってくだけの年齢には早すぎるし幸い、まだ何の病気もないのが唯一のプラス面です。
現状維持しつつもう少し何かできたらと思い、ボランティアの説明会やサークル活動の見学、ハローワークで実施の講座に参加しましたがその講座は参加しただけでおわり周りは検定までうけたのにそれすらできず講座の修了証だけでおわりました、半年あったので途中放棄した人が数人いましたが、ハローワーク講座なので本来の狙いは修了証は最低条件でそれに伴う資格までとるのが目標のはずです。時間が勿体ないと思ったので少しでも有効な時間をと思いいったけど仕事には不向きな事だけわかりました。20代の頃みたいにあれやりたいこれしたいがなくなり何もしたい事がなくなる時があるんですね。これから何をしてどうすごせば死ぬ時に後悔しない人生だったと思えるかと。何するのもどこいくのもいつも一人で、一人で何かしても結局一人だしと。周りみれば家族や夫婦で文句言いながらも楽しそうにみえます。芸能人みたいに稼ぎがかなりあれば一人でも退屈しないかもしれませんね、人の心以外何でも買えるので。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

本当の願い

ご相談拝読しました。hasunohaでご相談いただくようになってから一年以上が経過しましたね。私も何度かご縁をいただいております。

いかがでしょうか。何も変わらないでしょうか。何かが変わるとかではなくただお話を聞いてほしかっただけでしょうか。

もちろんどんなスタンスでここを利用していただいてかまいません。しかし回答僧として願うことは、あなたがあなたの本当の願いに目覚めることです。

「何をしたいのか分からない、何をしてもつまらない、生きていても仕方がない」

そうおっしゃるあなたにも響いた言葉や、ハッとさせる出来事があったことでしょう。

御兄弟の恩師から「なくなった人の分までいきて下さい」と言われた事。

お母様から「あなた、今の状態あと10年続けるの?」と言われた事。

遺伝子と受精卵が人になるまでの驚異的な映像を見た事。

それらがなぜ響いたり、引っかかったりしたのか。それはあなたの中の一番深いところにあるあなたの本当の願いに関するからでしょう。

「私が私でよかった」
「私は本当に満足して生きたい」

そういう様な願いが一番深いところを流れているのではないでしょうか。

自分では気づけないかもしれない、気づいても認めたくないかもしれない。でも本当の願いこそが人を突き動かすのでしょう。

あなたはあなたのために生きてみてください。

死ぬときに後悔を感じてしまうならばそれを兄弟のせいや、ご兄弟の自死という縁のせいにしないためにも。

人生を死ぬまでの暇つぶしにしてほしくはありません。

苦労したことも、辛かったことも悲しかったことも、どんなご縁も全てがこの私を私が満足できるためのご縁であったと頷けるとき、人生は一つの道になります。そこに何も無駄はありません。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

質問者からのお礼

ありがとうございます。無駄と思ってることもむだではないんですね。

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