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死ぬことがたまらなく怖いです

回答数回答 2
有り難し有り難し 10

私が死ぬのが怖くなったきっかけは
太陽が数億年後には爆発してなくなり
地球も滅ぶと書いてある記事を読んだことです。

その記事には太陽が爆発する時には
自分達は生きていないのであまり関係ないと
書いてあったのですが

それを見て、全ての命はやがて死ぬのだと
はたと気づいてしまい
それまであまり気にしていなかった
自分の死というものに対して
強烈な恐怖を感じてしまうようになりました。

それ以来何をしていてもどこかで
死の恐怖というものがチラついてしまって
心の底から楽しいと感じることがなくなりました。

また自分や今、関わっている人達が
将来死んでいくと考えると、とてもやりきれなくなり
今を頑張っていることの
意義を見いだせなくなってしまいました。

この状態はとてもつらいのでどうか助けてください

2019年5月16日 1:23

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

こわいですけれど

拝読させて頂きました。
あなたが死を意識したこと心にずっしりと響いたことは本当に良いことです。
早いか遅いかはわからないですけれども私達は必ず死を迎えなければなりません。
死はだれにでも平等に訪れます。

私も死はこわいです、いつかわからないですけれども今かもしれませんし明日かもしれません、或いは一年後かもしれませんし五年後かもしれません。病気で亡くなるかもしれませんし、事故で亡くなるかもしれません。
ましてや今このひと時ひと時私達は死に向かって歩んでおります。そのような私達です。

死によって様々な状況が変わります。まず私達の肉体から離れます。そして持っている財産も物品も金品も全て手放します。そして所属しているところからも離れますよね。
持っていけるのは自分の心だけです。ですから全てが変わります。

変わらないものもあります。それはご縁です。つながりと言った方がわかりますでしょうか、絆と言った方がわかりますでしょうか。
例え死を迎えたとしてもそのつながりであるご縁は変わりません、以前からも今もこれからもずっとつながりを持っていきます。
今あなたがこの場所でご質問なさっていらっしゃるのも不思議なご縁、つながりの中で生じたものです。

そしてだからこそそのつながりを大切になさりながら自分に向き合うことが大切なことですし、本当に自分が何をするべきなのか、この限られた人生をどのように生きていくことが大切なことなのかも真剣に素直に向き合っていくことが大切かと思います。

生きていく中では様々な迷いや悩みや苦しみもあります、そのような中でどう生きていくことが善き道かをどうかじっくりとお考えなさって下さいね。

繰り返しとなりますけれども死は決して終わりではありません。私達が向き合うべき命題です。それぞれにその答えを探して試行錯誤を繰り返してたどり着いていく先には通過点として死がありますし、その先がまだまだあるのですからね。

こわいですけれども心穏やかにゆっくりと落ち着いてみてしっかりとお向き合いなさって下さいね。

2019年5月16日 13:19
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有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして8年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラー...

生死は同じものです

死は怖いですよね。
子どもに「死ぬのが怖い」と言われた時に、こんなに小さいのに大きな恐怖をもう見つけてしまったと困ったことがあります。

結論は、必ず死ぬ。
だけど、死がゴールではありません。
死んで帰ってきた方に会ったことはないので、なんとも言えませんが、もしかしたら死んだあとの方が楽しいかもしれない。
死んだら「もう人に産まれるのは嫌だな」と思うかもしれない。
「生」は体感しているけど「死」は未体験で、わからないことばかりです。
わからないから怖い。
しかし、知りたいからといって「死にたい」とは思わない。

真実がわからないことに執着することより、まずは生きている実感を大切にしたいと思っています。
いつ終わるから分からないと知っているから、今日を大切に感じるし、何もないところに幸せを感じる。
死は怖いし逃げられません。
だからこそ、真剣に生きるんです。
人生には「死んだ方が楽」と思う瞬間もあります。
生死さえ、私の心持ちで変えてしまう。
きっと、死ぬ怖さや重みと、生きる怖さや重みは同じだと思います。
生かされている偶然に感謝して、人や自分を大切にすることが、怖さを紛らわしてくれる、一つの方法かもしれません。

2019年5月17日 12:38
{{count}}
有り難し
おきもち

普通のOLから、結婚をきっかけに仏教に興味を抱きお坊さんになりました。 ...

質問者からのお礼

回答ありがとうございます。
依然として死ぬことは怖いですが
人との繋がりを大事にして
今この瞬間を大事にして
真剣に生きていこうと思います。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 38
回答数回答 3

死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
回答数回答 2

死を怖れる子供

いつもお世話になっています。 私の子供、21歳なのですが、母親である私をとても愛してくれています。当たり前の事ですが、近頃は私の年齢や体の事等(骨系の障害者で発達障害もあり)が心配なようで、人はいつか死ぬ、それはわかっているけど、その後、どうやって生きていったらいいのか、と涙することもあります。子供は小学校の低学年の頃に学級崩壊に巻き込まれて心療内科に3年ほど通っていた事があります。その際に『非常に母親に執着、というのか、一心同体みたいなことがありますね。成長するにしたがって自立はしていくのでしょうが、』と言われたことがあります。 その後、中学、高校と不登校になり、高校は卒業できませんでした。それから仕事もなかなか見つからず、アルバイトはしてみたものの、長続きしません。私が通っている心療内科では、『お子さんも発達障害の傾向があるかもしれないね』と言われたのですが本人はそんな事はない、と受診は拒否しています。 しかし、私もこのままでは死ぬに死ねないし、離婚しているので父親が生活面でサポートはする、とは言っていますがそれもお互い初老ですからあてにできません。 仕事をしたい、と本人は意欲があるのですが、いざ働き始めると起きれなかったり、人間関係が、等と辞めてしまうのです。 私も先日はついに職場でも子供ので事もいろいろあって休職してしまいました。 私は薬や職場の配慮でまた復職できることになりましたが、この先の心のもちようはどうしたらよいのでしょうか?夜、寝る前にも『明日お母さんが起きてこなかったら』等と泣いていることもあります。もちろん、子供が心療内科なり受診するのがベストなのはわかっているのですが…。相談というより愚痴になってしまいました、申し訳ありません。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

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