犯罪って?
ニュースをみていてこんな言葉がたくさんあります。
「何の罪もない人々を巻き込む犯罪は決してゆるさない
「恐怖だ、被害者の心中を察すると平常心ではいられなくなる」
「怒りがこみ上げてくる、まして弱い立場にある者をねらうことは人間のすることではありません」
川崎の事件だけではなく、どんな犯罪でも被害をうけた側はこうゆう気持ちです。つらいしかもうない絶望感です。
裏を返せば、国の利益につながること、政治家に対して良い印象をあたえることにつながること以外は日本のニュースもメディアも取り上げない事件のほうが多いようにおもいます。
日本では泣き寝入りするしかない被害者はたくさんいます。性犯罪が多いですが、加害者が罪悪にもつかまらずに、のほほんと何もなかったかのように家庭円満生活してます。どんな犯罪も罪のない弱いものを巻き込み、被害者は平常心ではいられなくなります。それと同時に社会に生きられなくなる傾向がつよいです。
自分たちは子供がいるから不安だ、自分たち家族だけはたすかろう、自分たちだけがよければ
という考えが、ひどい加害をする人間をつくってしまう要因のひとつのような気がします。
一人一人が他人に犯罪をしないことがあたりまえになる社会づくりを先送りにしてきた日本社会を、一人一人がよい方向にかえるにはどうすべきかを考えていかなくてはならないと思っています。なぜなら、このような犯罪を繰り返していいという暗黙の了解を社会に認めていることと同じだとおもいます。
献花したりジュースおいたりすることを批判はしませんが、それだけでは何も変わらないとおもいます。
わたしも考えていますが
かえていくためのできることはなにか 政治ではない視点からぜひ
アドバイスをお願いします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
自分は自分のフィールドで困った人を「ただ」救う!
私は人間の行動範囲は限られていると思います。
痛ましい事件を起こす犯人にも必ず事件の背景があります。
どんな負の最終形態でもその続きがある。
最後に印象付けられること。「それ」を変えることはできるのです。よりよく変えることが救いなのです。助けなのです。それはあなたにでもきます。
なぜなら、世界は生きて(活きて)います。
その変わりゆくとどまりのない「生きた」世界の中で、人間は個人的なイメージを抱く。
「こんな世界、終わってしまえ。」
「生まれてくるんじゃなかった。」
「自分だけが被害者だ…。」
そのような負の精神は、行き場や向上を見失ったままのさまよえる魂。
だから、およそ向かう先は生命なので、他を捕食して生き永らえようとする。
その行動・行為が時に猟奇的になり、邪悪な結果をもたらせるのです。
では、自分の子供を殺される親がうれしいでしょうか。
中國では年間に10万もの子供が行方不明になっています。
治安のよい国ではそんなことは怒りません。
だからこそ、国境を越えても悪は悪。善は善!
それをうちの国ではこれが普通だから、習俗、当たり前、文化が違うからという理由で「ほっとけさま」だったのが冷たい日本人だったのではないでしょうか。
私はそういう見て見ぬ振りが嫌いなので、できることをやります。
政治の業界だろうが、社会問題だろうが、小さな子が刺される現場だろうが、そこにジャンルなどありません。困っている人がいれば助けてあげる。それだけです。それが仏の慈悲。
条件付けを一つでも認めたら、それが人間の都合になる。
力の強い人、金のある人、権力のある人が「正しい」ことになる。
今の仏教業界にもそういう空気を一部に感じました。
原発事故があっても国には逆らわない。
汚染土が全国にばらまかれ、海に放出されても誰も見て見ぬふり。
チベット・ミャンマーなどの仏教国が中国に侵略され虐殺されても相手が中国という理由だけで見て見ぬふり。
手が届く人を人間の都合で助けないのは無慈悲・残酷・無関心・つめたいじゃぁありませんか。だから今の日本は見て見ぬふり。総スルー。
自分が誰も助けてくれない立場に置かれたら絶対に悲しいはず。あの時そうしておけばよかったと言っても誰も助けてくれない。そういう世界を作っちゃぁいかんのです!
だから、自分が救える人は救う。自分自身の心の矛盾を救うためにも救うのです。
自分を大切にして同様に他を大切にすること
拝読させて頂きました。
あなたのおっしゃる通りかと思います。
単純に誰かを攻撃しても根本的には何ら変わらず同じことが繰り返されます。
有史以来様々ないじめや嫌がらせや虐待や暴力や殺人そしてテロや争いや虐殺そして戦争が繰り返されている事実はどちらかがどちらかを傷つけて奪い己の欲望の元に他をしいたげていくことです。
このような差別による悪意や悪言や悪業を決してしないよう、おたがいを心から尊重しておもいやる気持ちを私達誰しもがもって共に生きていくことが大切かと思います。
自分を大切にして同様に他を大切にすることが大切かと思います。
様々な差別や偏見をなくして共に平等に生きていける自分や家族や地域や社会や国家や世界を地道につくっていくことを日々心掛けて態度で示し共に行っていくことが大切かと思います。
質問者からのお礼
お忙しいなかアドバイスしていただきましてありがとうございます。
わたし自身、行動のできる人であるように日々心がけていきます。
一人一人、まずわたし自身からですね。
やり方が悪いのか
たまに警察に注意されます。つかまるまではならないから まあいいかと思ってます。
しかし、悪人は口が達者ですし、弱い立場の方をうまく利用し、他人になすりつけるかうまく逃げるかで、、、とても難しい場面が多いです。
わたしの知識のなさをいまさらですがたいへん後悔しているので、志しだけでなく、
伝え方や世の中についての勉強も続けていきます。
この度は 貴重なお時間、アドバイスをありがとうございました。