死んだ人にはまた会えるのでしょうか?
こんにちは。
初めて質問させていただきます。
よろしくお願いします。
私の両親は私が10代の頃にどちらも病気で亡くなりました。
ずっと苦しくて悲しくて堪らなかったけれど、沢山葛藤してやっと、自分の運命を受けいれることが出来ました。
でもふと、両親が私のためにしてくれたことを思い返したりする時、本当にもう二度と会えないのだなあとなんとなく釈然としない気持ちになります。
当時まだ若く、ろくにありがとうの一言も言えませんでしたし、自分のことで精一杯で両親の気持ちなどなにも考えてはいませんでした。
二度とありがとうと言えない、あの時どういう気持ちだった?と聞くこともできない。答えは二度と出ないのだなとやりきれない気持ちです。
死んだ人には二度と会えないのでしょうか?
自分が死んだあとならまた会えるのでしょうか?
気持ちが整理できません。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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倶会一処ということば
こんばんは。初めまして。
十代でご両親を亡くされ、どんなに悲しく寂しい思いをされましたでしょう。おつらかったですね。
親孝行、したいときに親はなし、ということばがありますが、私も若いときに母を突然に亡くし、心の拠り所をなくした虚しく悲しい日々を過ごしたことを思い出しました。
亡くなった方々にまたあえるのか?答えは「はい。会えます」ということです。浄土宗が大切にしているお経に「阿弥陀経」があります。その中に「倶会一処」ということばが出てきます。南無阿弥陀仏と口に称える(お念仏する)ことで、あなたのこの世での寿命が終わったら、阿弥陀さまの極楽浄土で必ず、亡くなった有縁の方々とお会いできますよ、という教えです。あなたが今からできる親孝行は、この世で寿命尽きるまで、たくさんのお土産話を作ること、つまり充実した人生を送り、やがて極楽浄土で再会した時に、「こんな人生を過ごしたよ。お父さん、お母さん」と胸をはって言える日々をお過ごしになることだと思います。
私も、日々そのことを考えながらさまざまなことに励んでいます。今は既にお浄土にいらっしゃるご両親も、いつも阿弥陀さまと一緒にあなたの人生の歩みを見守って下さっています。
楽しい時も、つらい時も南無阿弥陀仏を称え、今は苦しみのない世界にいらっしゃるご両親を心の支えに、よき日々を過ごしていかれることを願ってやみません。
浄土宗のお寺には、「また会える」という南無ちゃんというキャラが話しているポスターがあったりします。
あなたのお幸せな人生を私も祈ります。
南無阿弥陀仏
寂しかったね。
亡くなった人との繋がりをどう自分なりに受け入れるのか、それは人それぞれです。
あなたはあなたが安心できるように信じてくださいね。見つけてくださいね。
ちなみに私は家族と極楽浄土でまた会えると信じています。
またある人は心の中にいつも家族がいると感じているそうです。
またある人は親指がお父さん、人差し指がお母さんと思っているそうです。
またある人はお位牌やお墓に宿っていると感じているそうです。
またある人は天国にいると信じているそうです。
質問者からのお礼
優しいお言葉にとても救われます。
会えると信じて、また近くにいると信じて、自分の人生を歩んでいこうと思います。
回答くださり、本当にありがとうございました。