hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

ぬいぐるみは天国につれていけますか?

回答数回答 3
有り難し有り難し 37

こんにちは。
死後について仏教での考えを教えてください。

私にはこの世で唯一の信頼できる存在が愛犬と、小さな頃から大切にしているぬいぐるみがいます。
その子たちだけは、私のどんなお話でも聞いてくれます。

愛犬にも私にもいつか死が訪れるのですが、ぬいぐるみだけは誰かに捨てられ、形がなくなる時まで死ぬことはありません。

死んだあとも愛犬とぬいぐるみと一緒に過ごしたいと思っているのですが、
命のないぬいぐるみでも天国に連れて行くことはできるのでしょうか?

私が死んだあと、大好きなぬいぐるみがゴミのように捨てられてしまうのは悲しいので、棺に入れて一緒に燃やしてほしいと遺書には書くつもりですが、
この方法で一緒に天国に行けますか?

成人もすぎて、未だにぬいぐるみと離れられない自分が恥ずかしいことは分かっていますが、
どうかどなたかご教授下さい。
よろしくお願いします。

2019年9月3日 14:04

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

空手(くうしゅ)

「人は皆、空手にしてこの世に来たり、空手にしてまた還る。元来、我らに所有無し。」

人はみんな、裸で産まれてきます。
だから死ぬときも裸です。
何も持って行けません。
誰とも一緒には行けません、ひとりぼっちの旅路です。

夢を潰すみたいで申し訳ないのですが、これが仏教の教えです。
かたよらない、こだわらない、とらわれない。
「これは私のモノ」と思った瞬間から、苦しみが始まります。

でも、がっかりしないでください(笑)思い出はまちがいなくあなたのもの。
だから、生きている間にしっかり人生を楽しんで、愛するモノたちと良い思い出を作っておきましょう。

2019年9月3日 15:44
{{count}}
有り難し
おきもち

様々なつらい別れや痛みを、私も経験しながら今日を生きています。 あなたの...

棺には、いろいろな物が入れられます。

お葬式では
故人が大切にしていた物を
ご家族が出棺の際に入れてくれます。

普通ならそのぬいぐるみも
一緒に入れてくれるでしょう。
でも
あなたの形見として
どなたかが大切にすることも考えられます。
どちらにしても
ゴミとして扱われることはないでしょうから
ご安心を。

2019年9月3日 16:22
{{count}}
有り難し
おきもち

和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

大丈夫です

拝読させて頂きました。
あなたが大切にしている子たちと一緒に仏様のもとに行けます。
大丈夫です。
仏様にお願いしましょう、どうか子たちと一緒にお導きくださいねと、そしてお念仏おとなえなさって下さいね。

仏様は必ずその子たちとあなたを導いて下さいますからね。

あなたがこれからもずっとその子たちとのご縁を大切になさりながらあなたの人生を歩んでいかれますようにと切にお祈りさせて頂きます。

至心合掌 南無阿弥陀仏

2019年9月3日 18:06
{{count}}
有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして9年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラー...

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。
一緒には逝けないのですね。
誰かに捨てられてしまうくらいなら、死ぬ前にせめて私の手で供養します。
ありがとうございました。

和田隆恩様
ご回答ありがとうございます。
そうですね。形見として受け取ってくれる人がいれば、その方に預けようと思います。
受け取ってくれるような人がいなければ、死ぬ前に私の手で葬りますね。

Kousyo Kuuyo Azuma様
ご回答ありがとうございます。
皆様宗派の違いによって解釈が異なるので様々なご意見を頂きましたが、お一人にでも一緒に逝けると仰って頂けると救われたような気持ちになります。
お教えいただきましたように、一緒に逝けるようお祈りします。ありがとうございました。

「仏教全般」問答一覧

仏教をもっと学ぶ方法は?

こんにちは。 以前Googleで自分の悩みを検索したところ検索結果にこのサイトが出てきたことがあり、それ以来hasunohaを毎晩のように拝見しています。お気に入りのお坊さんをブックマークしているほどです。 生まれた時から仏教徒で、お盆やお参りなど特に考えずそのマナーに従って生きてきましたが、一方で神や仏、また心霊などの類は一切信じないたちです。 しかしながら倫理哲学の勉強は非常に好きで、現在もっとも興味があります。 きっかけは数年前心身共にとても傷つく出来事があり、以来リラクゼーションやアロマ、音楽など、私生活で自己を労る環境を整えていきました。しかしそれらは頭の中、つまり思想の面では自分を疲労から救ってはくれず、そのとき仏教が自分にとって非常に重要なものではないかと気づきました。(軽率な発言続いており誠に恐れ入ります。。) hasunohaをみているうち、信じるか信じないか、お祈りが届くか届かないか、極楽浄土に行けるか行けないか以前に、自分で自分を生きやすい方向に調整していく、大変学びの多い学問でもあることを理解しました。 長くなりましたが質問したかったことは、仏教を学ぶ上でビギナーの私におすすめできる学習方法を教えていただけませんでしょうか。 下記何でも構いませんので、回答いただけると嬉しいです。 ・おすすめの著書(専門用語が多すぎない、噛み砕いてある、原版の理解にふさわしい) ・近所のお寺に通うことも考えたが、用もないのに門を叩いて説法してもらうことなどはできるのか? ・合宿のような形式で学ぶ方法はあるか。どうすれば受けられるか。ある場合、実家は曹洞宗だが宗派を超えても学習はさせてもらえるか ・↑に似ているが、短期的に修行を受けることはできるか。どのお寺でもできるのか?できるお寺はどうやって探すのか ・その他いい方法があれば 可能ならば僧の方に直に毎日少しずつお話を受ける形式が望ましいですが、自分の周りでそう言った人は見かけないし難しいのでしょうか... よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 42
回答数回答 4

どちらの宗派、教えを信じれば良いのか

初めて質問を投稿いたします。 るると申します。 私は学生時代うつ病を患い、生きていくことのつらさ苦しさと死への恐怖に悩み、救いとなる教えを求めて父方の宗派のお寺である東本願寺へ参りました。 そこで、どのような人間であってもすくい取ってくださる阿弥陀様の教えを聞き、何があっても必ず助けてくださる存在があるということに強い安心安堵感を得ることができ、その後は真宗の教えを聞く機会を定期的に作り心の支えとしてきました。 数年後、大学は無事卒業し就職すると私は非常に忙しい部署に配属され、激務と過労で再びうつ病の兆候が出てきて頭の中があらゆる雑音でいっぱいになっているような感覚に陥りました。 その時心の支えとなる教えをまた求めてお寺に行こうと決心したのですが、何故か今回はいつもとは異なる直感のような感覚で母方の宗派のお寺である永平寺に参りました。 永平寺で禅の一端を体験し、その後禅に関する本を読む中で、あるがままを冷静に見つめ自らの内の欲や煩悩を統御する教えを学び深く感動し、禅の教えをこれから生きていく中で実践したいと思いました。 前置きが大変長くなりましたが、二つの宗派の教えと出会いわたしは今どちらを信じたら良いのか迷っております。 煩悩を否定せず阿弥陀様が必ず救うとする真宗か、煩悩を統御し坐禅を通して自ら悟りを目指す禅宗か、全く異なる教えに触れどちらも捨てられないと悩んでいます。 両方を信じる道もあるのでしょうか。 拙い文章になりましたが、僧侶の皆様から何か教えをいただけたらと思います。 何卒よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 42
回答数回答 3

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る