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生きづらさを感じています。

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去年の4月に入職し、現在社会人2年目になりました。先輩や同僚と話す機会が増え、結婚や今後どう働いていきたいかなど将来について話すことが何度かありました。
それで気付いたのですが、私には自分が将来、生きている想像ができません。
1人で歩いている時、家(独り暮らし)にいる時のふとした時に、こうしたら、ああしたら見つからずに死ぬことができるだろう、と考えてしまうのです。誰しも死んでしまいたいと思うことがあると思うのですが、私のそれは頻度が高くて虚しいような寂しいような気持ちになり、その気持ちから更に死んでしまおうと考えてしまいます。

私は職場で孤立しているとは感じていませんし、食欲もあります。予定が合えば、学生時代からの友人と遊びにも行きます。それでも、生きる事に対する執着が沸いてこないのです。

これは異質なことなのでしょうか?それとも、みんなも同じようなことを考えていて、しんどいなと感じながらも生きなければならないものなのでしょうか?


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

執着は苦しみを生みますから無いのなら無いままでも構いません。
将来のことを考えられないのも、今が精一杯でまだ気持ちに余裕がないからかもしれません。
先輩や同僚と話をすることも最近ようやくできるようになってきた様子ですからね。
みんなの話に共感できなくても、この人はこんなことを考えてるんだなあ、この人の将来の希望はこうなんだなあ、と頷いてあげるだけでもいいと思いますよ。
人は人、自分は自分の人生がありますからね。
まだ来ない将来の不安を恐れずに、過ぎ去った過去の苦痛や後悔に囚われずに、今目の前の物事を見ることが大切ですからね。
とはいえ人生という長い道を歩んでいるとして、何も目標が無いと知らず知らずのうちに道を踏み外してしまうかもしれません。
ですから、どんなことでもいいし、ちょっとしたことでもいいので、何か目標地点あるいは目標の方向を設定することをおすすめします。
あんなことができるようになりたいなとか、あんな人になりたいなでもいいし、もっとお客さんに満足して欲しいなでも構いません。
何か自分なりの目標を見つけましょう。
それが結果的に生きるしんどさを軽減することになると思いますよ。

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私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...
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