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普勧坐禅儀のままじゃないのはなぜ?

回答数回答 1
有り難し有り難し 4

普勧坐禅儀にある「坐処には厚く坐物を敷き、上に蒲団を用う」という文について質問です。
 
「坐禅の際には座布団などを敷き、その上に蒲団を置く」ということですが、
実際に座布団などを敷いて坐禅をしている曹洞宗のお坊さんをほとんど見かけたことがありません。
 
大本山である永平寺でも座布団などは使用しないようですが、
なぜ普勧坐禅儀の通り忠実に行じないのでしょうか。

2019年11月5日 17:20

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

追記しました

こんにちは。なんででしょうねぇ。私も常々不思議に思っていました。良い機会なので調べてみようとネットを当たりましたが出てこないですねぇ。今少しお坊さん仲間に聞いてみましたところ、座布団を敷いてその上に坐布をおいて坐るお寺さんもあるよ、という話がでてきました。座布団を敷かないのは財政面の都合ではないか、という意見もありました。時代の流れで不要という事になり、なくなったのかもしれません。結局わからないです。すみません。どちらにしても、大切なのはそこじゃないんだと思います。もちろん形は大事ですが、中身ね。普勧坐禅儀なら「坐定して、箇の不思量底を思量せよ。不思量底如何が思量せん。非思量。此れすなわち坐禅の要術なり。」の部分。うまく解説をつけられませんが、こっちが大事なのだと思います。



追記します。
一緒に修行した仲間からの情報(に、わかりやすいように私が説明を加えました)です。

普勧坐禅儀の件ですが、橋本恵光老師(1890-1965)の著書によると、
「布団」とは「坐布」(黒くて丸いもの)の事を指しているそうです。
「坐物」は、おそらく昔は畳がないところで坐禅をしていたため厚く布をひいたのではないかとありました。
道元禅師の坐禅は苦行ではないという思いも入っているのではないかとありました。
 因みに坐禅用心記(瑩山禅師著)には布団の記述はありますが、坐物の記述はなかったので、その頃には畳の上で坐禅をすることが一般的になったのかもしれないと思いました。
 以上の情報がありました。
 前回の回答で「時代の流れで」とお答えしましたが、畳ができたことで「坐物」が不要になった、といったところでしょうか。

2019年11月6日 15:36
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有り難し
おきもち

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・曹洞宗/静岡県/50代 ※質問の答えについて、話の大筋は変えませんが、...

質問者からのお礼

色々と調べてくださり本当にありがとうございます。
 
私も一度、座布団を使用する坐禅会に参加したことがあるのですが、
後になって「なぜ同じ曹洞宗で座布団が有ったり無かったりするの?」と
疑問に思って普勧坐禅儀を見直してみた次第です。
 
たしかに財政面や時代の流れというのもあるかもしれませんね。
貴重なご意見ありがとうございます。
 
光禪様の仰る通り、形も大事ですが中身も大事ですね。
あまり細かいことに執著せず日々精進いたします。

追記ありがとうございます。とても詳しい情報恐れ入ります。
 
「畳があって当然」である今の時代とは違う、というのは気づきませんでした。
畳の歴史を調べてみると、鎌倉時代にはまだ一般には普及しておらず上流階級に普及し始めた程度のようでした。
 
つまり道元禅師は普勧坐禅儀をその時代の一般向けに著されたということですね。
板の間じゃ痛いから何か敷きましょう、と。
 
ずっとモヤモヤしていた疑問が晴れました。
本当にありがとうございました。

「坐禅について」問答一覧

坐禅接心の警策で師から痛打された理由

接心会で老師が検単に回られた時に警策で痛打されたのですが理由が判りません。 もちろん坐禅における警策について承知しているので打たれた事を云々言うつもりはないです。ただ通常より強く打たれたので意味があるのでは・・と思っています。 30代女。坐禅歴約10年。 臨済宗の某寺の接心会に一日だけ参加させていただきました。 約10年ほど地元のお寺の座禅会に通ってますが、初めての接心坐禅の参加で戸惑い周りを見ながらも何とか一日が終わろうとしてました。 最後に老師が検単に回られた時に出来事が発生しました。 老師が禅堂内を回られる時に一人の若い雲水と私の前に札を置いて行きました。 何??と思っていると、一周回った老師が札を置いた若い雲水の背中に警策を押し当てると思いっ切り振りかぶって背中を何発も激しく痛打しました。通常の警策は左右二発でしたが十発以上は打ってたと思います(正確に数えてません) そして私の元にも歩み寄り「体にさわりが無ければあなたも強く打ちますがいいですね」と確認があり、頷くと私にもおそらく十発以上の強い警策が打ち下ろされました。背中が壊れるかと思うほどの強い連打に声が洩れて早く終わって欲しいと願う程でした。 帰り際に周りの人に聞いても「女性にあんな警策するのは驚いた」と話すばかりで肝心の理由は教えてもらえませんでした。 老師を訪ねて直接聞けば良いのですが勇気がありませんでした。 心当たりは「痛かろうが足はしっかり組みなさい」とお声掛けがあったのに坐禅の足を結跏趺坐にしたり半跏趺坐にしてたこと? しかし、結跏趺坐の指定はなく隣の人はずっと半跏趺坐で坐っていたので違う気がしますが心当たりはこれぐらい。 一般論で構わないので私の状況で強く打たれた理由を教えてください。 厳しい言葉でも構いません。

有り難し有り難し 9
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