豚を殺すことに、どうしても答えがでません
養豚場に勤務しています。
生まれた段階で他より小さい豚を間引き(殺処分)するのが、担当業務の一つです。
発育不良、ケガ・病気で弱った豚も殺します。
他業種と同じく、規格内でどれだけ良い商品を出荷できるかで利益が左右されます。
そういう理由でお金になりそうもない豚は徹底的に淘汰していきます。
これまで1000頭ほどは殺してきました。
私のやっていることは誰の役にも立っていないと感じています。
ビジネスとは、誰かの役に立つことだと思います。
その意味で養豚とは、豚肉を食べたい誰かに代わって豚を育て、提供する仕事のはずです。
食べるためでなく、成績・お金のために健康な命を終わらせるのは、経営者のためです。
食べたい誰かのためではありません。
本末転倒です。
発育不良の豚は、健康な豚に負けてしまうので、生かしても苦しめるだけなのは確かです。
ならば早いうちに殺してやろうという気持ちでやっていますが、所詮人間の都合です。
いつの間にか殺すのが誰よりも上手くなってしまいました。
他の人よりも自分がやった方が短い時間で終わらせる事ができるので、私が専門でやっています。
殺す事には慣れましたが、罪悪感は積もる一方です。
特に生まれたてで、母豚のおっぱいを一生懸命吸っている子豚を引き剥がして無理矢理殺すとき、ツラいものがあります。
殺すたびに何かを失っていくのを感じます。
豚を殺して誰かが喜ぶわけでもありません。
今後苦しむ事が見えているからといっても、苦しめているのはそもそも人間なのです。
一体私はなんのために豚を殺しまくっているのでしょうか?
人間のためにも、豚のためにもならない殺しを、どう考えれば良いのでしょうか?
今の自分に何を見い出せば良いのかわかりません。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
あなたの仕事は、豚を殺すことではありません。
ハヤブサさん、こんにちは。
辛い仕事をしていますね。でもあなたの仕事は子豚を殺すだけが目的の仕事ではありません。良い豚肉を作るための一つの過程であって、目指す目的があるのです。そこを忘れないでください。誰かが屠殺の仕事をしなければ美味しい肉は食べられないのです。そのためのあなたの仕事です。心から尊敬します。
そして屠殺仕事であるからこそ、正しい動物愛護の精神を作ってください。たとえば、魚を大量に殺す猟師さんは、海の保護を通して魚を大切にしているようにです。そのことから、猟師さんは昔から海神社を祭って、魚を取ることに対して神に感謝の誠を捧げました。鯨もそうです。ただ殺すのではなく、神様から命を分けてもらうということです。だから絶滅するまで命を殺すことは日本人はしませんでした。ここが感情で動く西欧の動物愛護とは違うところです。私たちは他の命を頂くのです。命を頂くことでしか自分の命を生かすことはできないのです。
ハヤブサさんの会社も年に一回供養祭はしていませんか?うちの近くの牛業者の方はしています。もし、していないのであれば、会社にかけあって供養祭をするのも動物愛護の一つです。子豚を殺すことに対しても感謝で屠殺するということも大切です。少し子豚とではレベルは違いますが、私は蚊やゴキブリなど人間の都合で殺す場合は「南無阿弥陀仏」といって殺虫します。あるいは殺し方も安楽死させるような方法を目指すこともあるでしょう。あるいはもっと屠殺に命の配慮ができる屠殺の方法もあるのかも知れません。
殺される生命は殺した命の犠牲ではなく、礎になって生きます。西欧の目の前の屠殺への感情で振り回されると、目に見えない礎の命の感謝を忘れてしまいます。あるいは、極端にビーガンのような生き方で苦しんでいる人もいます。でもたとえビーガンであっても、植物の生命は食べるのです。あるいは歩けば蟻は踏み殺しますし、水の中にはたくさんの動物性微生物がいるのです。命を殺さないなんて不可能なのです。
そして、私たち人間の肉体も、いろんな細胞のアポトーシスという計画死で体が維持されていることも分かってきました。
屠殺も大切な命の仕事。「生かされて生きる」、これが日本文化の死生観です。
質問者からのお礼
染川智勇 様
ご回答いただき、ありがとうございました。
この事は周りに経験者がおらず、誰かに相談するのは今回が初めてでした。
親身に考えていただき、少し心が軽くなりました。
また、殺した命は礎になって生きる、という考え方にも救われました。
おそらく、今まで殺してきた豚は私の中で生きている。
私には、今まで殺した分以上に、他の命を救っていく使命があるように感じました。
殺して、生かされて、また別の次世代の命を救う。
それが生きるということなのではないか。
これが正解か否かはわかりませんが、
このように考えることまでできました。
本当にありがとうございました。