仏教徒になるには
昨年暮れに父が亡くなり、葬儀をあげた際には仏式にて執り行いました。
今後、法要等もお寺さんにて行ってもらう予定です。
そのため、元々興味があったこともあり正式に仏教徒になりたいのですが、どのようにすれば仏教徒になれるのでしょうか?
また、祖父のお墓とお仏壇ががあり、お仏壇は祖母の家にあるのですが、お骨は祖父のお墓でお仏壇は父のものを新しく用意して我が家におけたらと考えているのですが、このようにお墓はご先祖様のところでお仏壇は別にするということは可能でしょうか?
分かりにくくて申し訳ありませんがご回答いただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
帰依三宝
ご相談拝読しました。仏教に興味関心を寄せていただきありがとうございます。
信仰はまずは内心の問題ですから自分が仏教徒でいたいというならば仏教徒です。でもあなたのおっしゃる「仏教徒になる」の意味合いはそれだけではないのだとお察しします。
寺院の檀家になりたいというのであればその法要を行っていただくお寺に相談しましょう。
それだけでなく、その寺院の宗派の規程する構成員になりたいのであればそのお寺さんにそういうものがないか尋ねてみましょう。受戒式や帰敬式などといったものがきっとあると思います。もちろんただ受ければいいというのではなく、その意義が大切ですから事前によく確認しましょうね。
お仏壇についてはお考えの内容に問題はないと思いますが、その法要を行うお寺の檀家になるということであればお寺さんに相談してください。
宗派によって微妙に考えも異なるかもしれませんが、お仏壇は先祖壇ではなく仏壇、つまりはご本尊を安置し教えをいただくものですから必ずしも先祖供養と一致しなければならないということはありません。
ご本尊としてお仏像や絵像を安置するということはその仏様の教えを生活の中心とするということです。私の願いを仏様にかけるのでなく、仏様から私にかけられた願いを聞かせていただく歩みが仏教徒としての歩みです。
その基本精神は帰依三宝です。仏宝・法宝・僧宝の三つの宝を大事にしますという内容です。
仏宝とは仏様、法宝とは仏様の教え、僧宝とはお坊さんのことではなく、共に仏法を聞き確かめていく仲間や場のことです。
最後にお父様のご命終に謹んでお悔やみ申し上げます。先祖供養と信仰を必ずしも一致させる必要はないと先ほど申し上げましたが、やはりご先祖、それも身近な亡き人の存在は何よりもこの私たちを教えに向き合わせてくれるものです。お骨は別でもお父様を思いご本尊に手を合わせ教えを聞く中で、ああ仏教とはこういうものだなあと響いていくのではないでしょうか。
ようこそ仏教の世界へ。大歓迎です。
質問者からのお礼
父の他界をお悔やみいただき御礼申し上げます。
ご回答いただきました内容を拝読し、仏教とは思っていたより奥深いものだと実感いたしました。
特に、「願いをかけるのではなく聞かせていただくもの」と云うのに感銘を受けました。
一度、菩提寺のご住職に今後のやり方についてご相談させていただきます。
お忙しいなか丁寧なご回答いただきありがとうございました。